木ノ葉隠れ創設編
-命を懸けた火影、残された側近-
風呂を出て居間へと戻るとマダラはすでに起きてソファーに座っていた。
『あ、ごめんね。起こしちゃった?』
センリに気付いてマダラが振り返るとその表情はまだ少しだけ眠気を含んでいた。
「いや」
寝起きの掠れたような声でマダラが言う。
センリは少し笑みを浮かべてそっとマダラの隣に座り、両手を軽く広げた。
『おいで』
いつもの、センリのやさしい声だった。マダラは僅かに瞳をふっと動かしたが、センリの体に手を回して強く抱き締める。
センリはマダラの背中に手を回し、軽くポンポンと叩いてゆっくりと撫でるとその背中が少しだけ震えた。
『大丈夫だよ、側にいるからね』
センリの穏やかな声を聞くとマダラの胸が熱くなった。込み上げてくるものをどうにかして抑えようとしてセンリの肩に強く顔を埋めた。
センリはこれ程弱っているマダラを初めて見た。
戦争で仲間が何人死んだとしても、父が死んだとしても、マダラは泣かなかった。
初めて同じ考えを胸に抱き、同じ未来を夢見て、そして近くで生きてきた友が死んだという事実はマダラの悲しみの心を浮き彫りにさせる程大きな出来事だった。
感情を押し込めることなくただ悲しみに身を任せているマダラの涙は後にも先にも見る事は無いのではないかとさえ思った。
自分を強く抱き締める事でどうにか心を落ち着かせているマダラの背中を擦り、何とかしてその悲しみを受け止めようとした。
『大丈夫…』
大丈夫だと何度も囁けばマダラの体の震えが徐々に止まる。
外から差し込む夕日の光は殆どなくなっていて夜の暗闇が訪れようとしていた。部屋の壁掛け時計のカチカチという音が嫌に物悲しく聞こえた。
センリがしばらく何も言わないマダラの背中を撫でているとふいにその体が離れた。
「お前は…」
マダラの瞳は潤んでいて、発した声は限りなく吐息に近い小ささだった。センリは涙を隠すように俯いているマダラの前髪をそっと耳にかけた。
「お前は、こんなに辛い思いを何度もしてきたんだな」
思いがけないマダラの言葉にセンリは一度不思議そうにその表情を見たが、すぐに理解してその頬に手を伸ばした。
『確かに大切な仲間が居なくなるのは寂しいよ。悲しくて、笑おうとしても中々難しくて。それは当たり前だよ。でも……』
センリはマダラの頬を両手でやさしく包み込み視線を合わせた。マダラの黒い瞳がキラッと光り、揺れた。
『でも、私たちの中の柱間が消える訳じゃない。思い出がなくなる訳じゃない。悲しい時は泣いていいんだよ。でも、その後は笑って。きっと柱間は、マダラの笑った顔が見たいはずだから』
センリのやさしい言葉が聴けるのなら何でも良かった。ただ、慰めてほしかった。悲しくて悔しくてどうしようもない気持ちをただ、受け止めてほしかった。
マダラは金色の瞳を見返す。
やさしく凛としたセンリの瞳は、自分の悲しみをも受け取ってくれているように思えた。
『今は、泣いていいんだよ』
頬を包むセンリの手のひらから直接その心が伝わってくるようだった。
マダラは再び静かにセンリの肩に顔を寄せ、今度はそっと抱き寄せた。
友は何の為に死んだのか。
何故里を守ったのか。
怒りと悲しみと悔しさとがぐるぐると渦をまいていたが、突然何か分かった気がした。
『…お風呂とご飯どうする?』
「………風呂に入って寝る」
『ん、そうだね。もう眠いから、一緒に寝よう』
「…………もう少し」
『ん…分かったよ』
ただ、今は何も考えたくなくてセンリの華奢な体にしがみついた。そうしていれば全ての感情をセンリが受け止めてくれて、どうしようもなく安心した。
目を瞑ると今でも近くで友の声が聞こえて、マダラは静かに悲しみを流した。
[ 133/230 ][← ] [ →]
back