二人はしばらく抱き合って体を重ねていた。


とくとく、と合わせた肌から伝わる鼓動が心地良い。そうしているとひどく安心出来た。

月の影がだんだんと動いているのが分かって、晩酌をしてから随分長い時間名前との行為を続けていたようだった。マダラの耳元で聞こえる名前の息遣いはもう穏やかなものになっていた。


「………」


名前の力の抜けた手を握ってそうしていると膣内がぴくっと一度震えたので、マダラはそっと顔を上げて名前を見た。



「………名前?」


嫌に静かになったとは思っていたが、名前を見ると瞳は閉じられ、規則正しく吐き出される息はいつも寝入っている時のそれのように感じ、まさかと思ってマダラは名前の名前を呼んだ。

しかし予想を裏切らずに名前の反応は無い。そっと頬に触れてみても微動だにせず静かに呼吸を繰り返しているだけだ。



「ウソだろ…」


名前の髪を引っ張らないようにしながら、その頭の横に手をついて上半身を起こすと、マダラの背中にあった名前の手が重量にそってベッドの上にぽす、と落ちた。名前に顔を近付けると、先程までの呼吸とは打って変わって恐ろしく安らかだ。


「………名前」


試しに先程より幾分大きく問い掛けるが、名前は何の反応も示さずただ息を吐いたり吸ったりする音が微かにするだけである。体の力がすっかり抜けてしまった名前の様子を少しの間観察していたが、マダラはやはりこう結論づけた。


寝てしまっている。

名前の呼吸は寝息そのものだったし、頬に涙の筋が付いていること以外は本当に安らかな寝顔だ。いや、寝ているというより…――。



「(気を失ったか…)」


激しくし過ぎただろうか。夢中になりすぎて最後の方はあまり名前を気遣ってやれなかったと思い出して、マダラは少し申し訳なくなった。

気持ちよさそうに眠るその顔と涙の跡が急に愛おしくなって、マダラは少し汗ばんだ名前の額に口付けを落とした。



「(!………汗も甘いのか)」


人の汗など口に含んだ事は無いが、修業時などに自分の顔から滴る汗の味くらいは知っている。それが甘い訳が無いのは分かりきったことだ。

唾液といい汗といい、愛液までもが甘いなど、名前の体はどうなっているのか今更になって疑問が押しかけた。それと同時にもしかしたら涙も甘いのかもしれないと予感がして、目元に残るそれを舐めとってみるとマダラの予感は的中した。


「(やはり甘い、か…)」


自分だけしか知らない小さな秘密を見つけた子どものように心が踊ってマダラは苦笑した。


するとふと名前の腟内にまだ自分のものが入っている事を思い出した。名前が寝ているといえどさすがにこのままではいられない。射精後の少し気怠い体に力を入れて完全に起こし、ゆっくりと腰を引いた。泥濘から引き抜く感覚に無意識に体が反応したが、名前の方はすやすやと眠ったままだった。

意識がないのをいい事に、力の抜けた名前の足を少し持ち上げてそこを見ると自身が出した精液が雫となって滴り落ちようとしていた。どこか神々しささえ感じる名前の身体を汚したのだという事実が、罪悪感と満足感で混じりあってマダラの中に押し寄せた。

普通の人間とは違う、一度入ってしまったらもう戻れなくなりそうな…虜になってもう離れられなくなってしまいそうな名前の中の感触を、マダラは思い出した。怖いくらいの快楽だった。



「(クソッ……もう一度したい…)」


マダラは先程の快楽と、名前の艶やかな姿の全てを思い出し、収まりかけた鼓動がまた早くなるのを感じたが、このまま放っておけばベッドが精液まみれになってしまう。

かといって眠ったままの名前にもう一度欲を突き入れるのも、夢の中にいるであろう名前を叩き起すのも、どの選択肢にも気が引けた。



「(いや……さすがに、やめておくか……)」


マダラは自分の中の欲求をなんとか押し戻して、長く息を吐き、ベッドから降りた。


マダラは風呂場で簡単に体を洗ってからとりあえず下着を履き、濡らした手拭いを持って来て名前の体を拭いてやった。起きた時に汗まみれ精液まみれなんて、さすがに名前が可哀想だ。

ただでさえ無理をさせてしまったのだからせめて後始末くらいはやってやろうかと、本当に自分らしくない考えだった。


マダラは戦争中に幾度も男女の関係を経験していたが、相手の後始末をしてやろうなど、考えた事も無かった。むしろ相手の身体を気遣った事などない。イライラした時のはけ口か、単に欲求不満か。はたまた叶わないと思っていた愛の埋め合わせか…。

自分は随分と他人の感情を無視していたのだなと、名前の滑らかな肌を拭きながらマダラはふと思った。現に誰一人として、抱いた女の顔を思い出せない。



「(……当たり前か)」


マダラは一通り名前の体を拭き終わって、手拭いをベッドの下に置いて名前の隣に腰掛けた。



「(全部、こいつの変わりだったんだからな…)」


一族の、名も知らぬ女達に少々悪い事をしたかと思いつつも心のどこかでは安心していた。

変わりの誰かではない。先程まで自分の腕の中で初めての快楽を感じ、見たことが無いくらい淫猥に喘いでいたのは、他の誰でもなくあの名前だ。名前の初めてを自分が貰ったのだという感動が、マダラの中に遅れてやってきた。

無意味に思えたあの経験もこの時の為だったと考えるのはあまりに女性達に失礼だろうか。無礼かもしれないが少なくともそれなりに余裕を持っていられたとは思う。



ベッドの縁の時計を見るともう真夜中だ。それなりに時間は経っていると分かっていたが、こんなにも時間をかけていたとは思わなかった。それだけ自分が名前を大事に扱ったという証拠だった。

いつもならもう眠り込んでいる時間だと考えると急に眠気が襲ってきてマダラは欠伸を一つ零して、名前の隣に寝転がって上から布団を掛けた。気温はあたたかいので布団を掛けてやれば風邪をひく事も無いだろうと思い、マダラは名前の方に肌掛けも被せてやった。


月夜に照らされる名前の寝顔は彫刻のようだった。まじまじと名前を近くで見ると、その美しさは今でも息を呑むほどだった。先程までの表情は嘘だったのかとさえ思えるが、マダラの記憶に残る名前の顔は鮮やかだ。



「(本当に綺麗な、滑らかな肌だな…)」


名前の方を向いて腹に手を回すとやはりその肌はもっちりと手に吸い付いた。何とも表現しがたい、恐ろしく気持ちの良い感触だ。きゅっと、少し手に力を入れると名前が体をピクッと動かした。起こしてしまったかと少し焦ったが、名前はもぞもぞと寝返りを打っただけだった。

寝返りを打ってしまった名前の背中から手を回し体をくっ付けると一気に体があたたかくなった。


「(しかし……最初だというのに俺のもので気をやるなんて…本当に生娘とは思えないな)」


最後に名前が気をやった事を考えて、マダラは少し不思議に思った。名前を疑っている訳ではなく、大体の女は、特に初めの方の性行為では痛みしか感じないと思っていたからだ。

しかし名前は確かに最後も腟内を痙攣させていたし、失神してしまったのも殆どそれが原因だろう。よほど感じ易い体のようだ。

マダラは、腹のところにある手をずらし、やわい胸に移動させてみるが、名前からは相変わらず規則正しい呼吸音しか聞こえてこない。癖になる程柔らかく気持ちよかったが、やはり反応がなければつまらない。


「(…こいつは自分の唾液やらが普通の人間とは違うと、分かっているんだろうか?)」


名前の長い髪をずらして、首元に自分の口を寄せながらマダラは考えた。唾液に始まり、汗も、涙も、愛液さえも甘い人間なんて、見たことも聞いたこともない。


「(………明日、聞いてみるか)」



昔から何故か名前と共に布団に入っていると眠気が襲ってくる。


自分より幾分も小さく華奢な名前の体にぎゅう、と擦り寄ると安心感に包まれた。

欲望の為の行為に、こんなにも満足感が得られるなんて、マダラ自身思いもしなかった。名前と体を重ねている時も、今も、自分の体の中からほうっと何かが満たされていくような、感じた事の無い感覚だった。



「(幸せ、か……)」


名前が最中に言った言葉を思い出した。汗を光らせ、瞳から溢れんばかりの涙を浮かべ味わった事の無い痛みだったろうに、名前は確かに“幸せ”だと言っていた。

その気持ちが少し分かった気がした。



マダラは薄れつつある頭で、そういえば名前は裸のままなので明日の朝怒るだろうか、などと思いながらも優しく降りてきた睡魔に身を引き渡した。

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