- ナノ -

-揺れる復讐心-



いつもだったら三十分以上は風呂場から出てこないのにその日センリは幾分か早く髪もろくに乾かさずにマダラの元に戻ってきた。


「…随分早いな。なんだ、髪も乾かさずに」


それにはマダラも驚いたようで、大判のタオルを乱雑に頭に引っ掛け顔に張り付く髪もそのままに姿を現したセンリを不思議そうに見上げる。水に濡れて輝きを増した髪の先からいくつか雫が滴り落ちている。


『んん……なんかマダラに呼ばれた気がしたんだけど……気のせいだったみたい!』


徳利を片手に持ち呆然とこちらを見上げるマダラを見てセンリは笑った。
マダラは内心少し動揺していた。センリのことを考えていたのは事実。きっと無意識にセンリはそれを感じ取ったのだろう。


『マダラ今日は随分呑んだね』


自分では気づかなかったがマダラはセンリが見てわかるくらい頬が赤らんでいた。


「別に普通だ。もう片付ける」


マダラは膝に手をつき立ち上がる。しかし立ち上がる瞬間、無意識に力が緩み、マダラは畳の上に手をつく。


『大丈夫?』


センリがマダラの腕に手をかけ顔をのぞき込む。これだけ呑んでいるのにうっすらと顔が赤くなる程度でまともに言葉を話せるマダラがセンリは不思議に感じた。


「…大丈夫だ。心配するほどじゃねェ」



呂律もしっかり回っているし再び立ち上がったマダラはいつもの姿だった。
そこまで呑んではいないと思っていたマダラだったが、意識した途端アルコールが体中に巡っていくような感じがした。


『私がやるよ。マダラは座ってて』


見かねてセンリが机に散らばった酒器などを片付け始める。気が利くセンリの微笑みをじっと見つめながらマダラはその言葉に甘えた。

酒壺を戸棚に戻すセンリの小さな後ろ姿が揺れる様をマダラはボーッと見ていた。



「……センリ」


呼ぶ気はなかったのにその姿を見ていたら気がつくと口から勝手にその名が出てきてしまった。



『なあに?』


センリは戸棚の扉を閉めて、小走りにマダラの元に寄ってきた。まるで主人の元に駆け寄る子犬さながらだ。


「まだ髪が濡れてる。乾かしてやる」


マダラは自分の前に座るようにセンリを促す。センリは返事をすると上機嫌でマダラに背を向けて座り込んだ。
マダラは手拭いでその長く滑らかな髪をやさしく拭いてやった。



『マダラ、四年近く経ったけどあんまり変わってないね』


センリが目を瞑りマダラの拭いてくれている手拭いに身を任せながらふと思い出したように言った。最後にマダラを見たのは二十三歳の時だ。髪がより長くなったくらいで見た目にはあまり変化は感じなかった。


「それはセンリもだろう」


マダラは当たり前のことを返すとセンリがフフと笑った。まるで四年の間が空いていたとは思えないほど自然な距離。


『…ごめんね、いつも突然で』


言わずともセンリが突然消えたり眠ってしまったりすることを言っているのはマダラにも分かった。


「本当だ」


後頭部の少し上辺りから聞こえる少し拗ねたような声にセンリは困ったように笑う。


『ごめん』


マダラは頭ひとつ分くらいも差があるセンリの清らかな髪をポンポンと拭きながらその小さな頭を見つめる。

四年もの間開くことのなかった瞳は今目の前で光を見つめ、そして待ち続けた笑顔もそこにある。

なのにその背中を見つめていると、言い知れぬ不安がマダラを取り巻く。背など向けて欲しくない。正面からちゃんと顔が見たい。

酒が回り熱くなった体の底からなにか込み上げてくるものがあった。


マダラはセンリの髪を拭く手を止める。水を吸った手拭いがぱさりと畳の上に落ちた。

それに気づかないで鼻歌を歌っているセンリの背中から手を回し、ぎゅっと抱きしめる。センリの体がピクリと動いた。



『マダラ?どうしたの?』


突然頬にマダラの髪がチクチクと当たるのでセンリはどうしたものかと後ろを見ようとする。



「……お前が眠っていた四年、長かった」


その肩を掴む手の平に力を入れながらセンリの顔の隣でボソッとマダラが呟く。寂しげな、そして甘えるようなマダラの声。センリは小さな頃こういうマダラの姿を何度か見た。いつも自分にも他人にも厳しいからこそ見せるたまの不安。
センリは自分の首元に顔を埋めるマダラの温もりを少し懐かしく思いながらそっと頭に手を伸ばす。逆立ったマダラの髪が微かに痛い。



『良く頑張ったね、マダラ』


静かにそう言えばマダラからは何も返ってこないのでセンリはその髪を優しく梳かす。マダラからはアルコールのにおいがした。お酒も入っているからかなと呑気に考えるセンリ。小さい頃からマダラを見てきたセンリは大人になってからもその片鱗を感じていた。


『私のこと、忘れないでいてくれてありがとう』


マダラはその言葉に心臓がギュッと掴まれたかのような違和感を感じた。それを消すようにセンリを掴む腕に力を入れれば、華奢な肩が折れてしまうかもというような感覚も走った。しかしマダラにはそれ以外に不安を消す方法は分からなかった。


「…お前のことを忘れるなんて、そんな事ある訳ねェ」


センリが自分の前に現れてからその存在を忘れた事なんて無い。戦をしていたって、いつだって頭の片隅にいるのはセンリだ。いつもの声音ながらも少々拗ねたような口調に、センリは笑みを浮かべる。


『よしよし、イズナが帰ってきたら三人で寝ようね』


まるで母が子に諭すような口調にマダラは少々眉を寄せる。しかし近い距離で見つめたセンリは心底嬉しそうな表情をしていて、怒るのも馬鹿らしくなってしまった。


一週間後には忍界を左右しかねない判断をしなくてはならないのだ。その間少しくらいゆっくり過ごしたってバチは当たらないだろうと、イズナが帰ってくるまでマダラはしばらくセンリの肩に顎を乗せながらボーッと考えていた。

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