-恋慕-




センリがうちはに戻ってきてから、五年近く経った。

戦争は激しさの波が日に日に増していくのは当たり前の事だが、年中毎日戦いがある訳じゃない。


夏も残暑。

今年も残すところあと三月ほど。九月末になると朝晩の気温は下がり少しずつ朝夕は肌寒くなってくる。

そんな今は戦いは頻繁にある方じゃない。むしろかなり少なくなっている時期だ。


だから先程センリは一族の子どもたちと森に遊びに出掛けた。常に死と隣り合わせの中で、子どもにとってもひとときの遊びの時間。長として渋々ではあったが、センリたちを送り出した。子ども達にとってもそれが何よりも楽しいであろう事は分かっていたし、なにせあの笑顔で見つめられたら俺は文句なんて言えない。


……柄にもない。

自分でも思うが、どうしたものか…センリの前では俺は一族の長としてではなくただの一人の男になってしまうようだ。



センリは俺が小さい頃から人の心を掴む天才だった。いくら俺が子どもだって一族の皆の心がセンリには開いていることくらい分かった。

子どもながらに俺はセンリを大事にしていた。それはイズナと同じくらい……いや、比べる事なんて出来ないか。


センリは強い。
認めたくはないが、俺よりも、遥かに強い。


だいたい女なんて、か弱くて力もない存在だと思っていた。一族のくの一は明らかに他の忍共より劣っていたし、それに、強ければ母は死ななかった。

そう思っていたが、センリだけは違った。


昔から思っていた事だが、どうやらあいつは本気で力を出していない。にも関わらず恐ろしい程のチャクラとそれをコントロール出来るくらいの力量を兼ね備えている。あの十尾を体に封印しているんだ、その強さはガキの俺にでも分かった。多分…あいつが本気を出せばこの一族を皆殺しにする事くらい容易い。

もしも敵の一族にセンリが居たら俺は嬉々として戦うだろう。あの強さは何を取っても興味深い。


基本的に戦闘中、俺は個人主義を貫いていた。戦闘力が高いうちは一族とて俺と連携をとれる者はいなかったし、そもそもあの戦乱の中誰かと息を合わせて戦うなんて無理に近い。イズナでさえ常に気を張っていないとすぐに連携は崩れる。

が、センリだけは俺と共に戦う事が出来た。俺が次にどう行動するかがあいつには分かるらしく、こちらが望んだ事をそっくりそのまましてくれている。……いや、戦っている時だってあいつは唯一余裕があるから俺にだけでなく一族みんなにそうなのだろうが。

それにあいつの戦い方はまるで戦場だという事を感じさせない程滑らかで、まるで舞でも舞っているようだった。修業中でも手合わせをしていても、何処にも隙がなくてそれでいて余裕があって、本当に完璧だった。何処にも落ち度が無い。戦場でなければずっと見ていたいくらいに美しさを感じてしまう。


膨大なチャクラ量は勿論の事、自身に受けた傷はチャクラを使わずとも次の日には完全に治っているし、医療忍術の技術は驚く程高い。伊達に何年も修業してきたわけではなく、体術も剣術も、文字通り何でも恐ろしいくらいに出来る。何かの呪術によって力は百パーセント出せないらしいが、それにしたって人並み外れている。写輪眼が効かない人間がいるなど本当に信じられない。うちはに代々伝わる人物なだけはある、か。

きっと最初はその強さに惹かれたのだろう。


しかし、センリは一族の為にその力を使った。人々の命を守るためにあいつは戦うのだ。

センリを側で見てきて、そして何年も戦ってきた俺には分かった。自分がどんなに疲れようともあいつは人の傷を癒す事をやめなかった。

戦場に出ても同じだった。
誰か傷付いていないか、危ない状態にはなっていないか、そればかりに目を向けていた。


…正直阿呆らしかった。
人を一瞬で抹殺できるくらいの力を、あいつは他者を救うために使う。圧倒的な力があるというのに、それを自分自身のものとせず、まるで「己のために使っているのだ」という顔で他のもののために使うのだ。それも、弱く醜いものを、守るために。
なぜ戦うためにその力を利用しないのか俺は理解できなかった。その力があれば、全ての者の上に、立てるというのに。


だが、いつしかセンリに疑問を抱く事をやめた。勘繰るだけ無駄だった。

センリの心には闇というものがない。

誰かの為に、その為だけに心を動かせるような奴だった。


まるで光。
人の憎しみでさえ寄せ付けない、むしろそれさえも一緒に包み込むような光。

他人の痛みも包み込む。
そんな奴だった。


自分とは正反対の人間だと思った。


だからこそ、俺は惹かれた。


センリはまさに外柔内剛といったところだった。怒ったところなど見たことはないというくらい心が優しい女だったが、意思が強く、大体の事では中々その心は折れたりしない。

いつでも笑顔を振りまき、天真爛漫で明るく、芯が強い。

人を疑う事を知らず、突拍子もない事を言う時があって馬鹿正直で少し抜けている。自然体で飾らない。

愛情深く、いつだって俺の事を、一族の人間を気遣い、そして他人の痛みさえ分け合おうとする。

他人を貶す事なんて絶対にしないし、むしろ突然わいた害虫にすら笑って話しかける。『他の動物と話すことが出来る』などと言っているが、確かにあいつの周りにはいつの間にか野生動物やらが集まってきていた。

綺麗事だろうと偽善だろうと気にせず、真っ直ぐで自分の気持ちに正直だ。

喜怒哀楽の負の感情だけをどこかに置いてきてしまったのではないかというように、常に柔らかな笑みを携えている。

センリは自然に人を惹き付ける不思議な魅力があった。


それでいて唯一の理解者だった。



何人もの一族の忍が死んだ。

それはもう数え切れないくらいに。

常に死と隣合わせの世界で、いつだってセンリは確実に側に居てくれていた。変わらずに、そして何があっても死なずに。

この激しい戦乱の中で、センリだけは決して腐らない。折れることも無く、そして枯れることも無い。絶対的な存在。

俺も、そして多分一族の者達もそれに縋っていた。



戦争が憎い。
しかし一族の皆もどこかでそれを望んでいる。戦で仲間が死ぬのを見たくないくせに、それでいて戦う事も望んでいる。矛盾した世界。戦い、力だけがものを言う世界。

こんな穢れたこの世界にセンリを置いておくことが憎かった。

あいつは光そのものだ。

この世界に降りた女神だった。俺にとっても、最初で最後の唯一の光明だろう。

大袈裟ではない。


幼い頃からずっと、センリは俺の側にいてくれた。大きく見えたセンリは今になるとこんなに小さかったのかと思う。あの小さな手で、俺も、そしてイズナも守られていた。



センリの容姿も、それは整ったものだった。

黙っていれば容姿端麗、不思議な美しさがあり、まるで造られた人形のようだ。一度見たら脳裏に焼き付いて離れない魅力があった。子どもであってもなにか頬を染めるものがある。

白銀の長い髪は絹の様で、陽の光に当たれば美しく輝くし、特徴的な黄金色の瞳は、笑うとやさしく垂れ下がる。
小さな唇なんて紅などいらないくらい艶やかで愛くるしい。赤ん坊のような肌は恐ろしく滑らかで綺麗だ。近くで見たって陶器みたいで少し触れると止まらなくなりそうで………。

ふと、物憂げな表情をしている時は作り物なんじゃないかと疑う程だったし、眠っている時は彫刻のようでこの世の人間とは思えないくらいだった。

人々の視線を奪い去るくらい美しい人間だった。

戦場にいても、返り血を浴びようとも、あいつの周りだけがまるで浄化された神聖な空気のように変わる。本当に不思議な魅力を持っていた。


それでいて美しさを鼻にかけることなく、センリは見た目を気にせず子どもたちと泥だらけになって遊び、いくら汚れようが気にしない。

……あいつは鏡を見たことあるんだろうか?

そんな心から滲み出る飾らない、清い美しさがセンリにはあった。


男が寄ってこないわけがない。

純粋無垢で可憐なものにはそれを狙う者が常にある。センリは知らないだろうが、下心満載でその姿を見る者も少なくない。あいつは信じられないくらい鈍感だから相手がどんなに色目を使っても気付いてはいない事が大体だ。

…まあそんな悪い虫たちは俺が一睨みして散らしているんだが。そこに同じ一族かどうかは関係ない。そもそもセンリが他の男の手に渡るなんて絶対に嫌だ。…いや、無理だ。

いつしか俺はセンリを追いかけていた。


花が咲いたような笑顔も、無邪気にはしゃぐ姿も、鈴の鳴るようなその朗らかな声も。
自分だけに見せて欲しいと思うようになった。


それは笑顔だけじゃない。

時折あいつが見せる悲しげな表情。遠くを見つめるような、何か辛い事を思い出しているんじゃないかという様な表情だ。センリは十中八九誰にも見られてないし俺にも気付かれてないと思っているだろうが……。

あいつが何十年も生きてきた事は知ってるが、過去に何があったのかは詳しくは分からない。何となく、触れてほしくないとあいつが思っているような気がして俺は今まで聞けずにいる。

いつか…。俺はいつか、あいつの哀しみも受け止めてやりたい。受け止めたい。

誰にも見せることのない弱音だって、俺には話してほしい。

そうやって馬鹿みたく我儘だけが増えていく。


そんな日々がもう十年。
我ながら何をしているのかとも思うが今は戦争中だとでも言い訳をしておく。

途中五年ほどセンリが消えていた時期があった。今となっては過去の事だが、俺はその時ものすごく荒んでいた。

センリがいないという事があれ程辛いとは思わなかった。戦で仲間が死ねばそれはもちろん何度も後悔した。しかし受け入れる事も出来た。仲間の死も、肉親の死も。

受け入れるしかなかった。


だが、センリについてはそうもいかなかった。センリの存在はそれほどに俺の心の中で大くなっていたのだ。

そのうちセンリに会えない虚しさを情欲として一族の女にぶつけるようになった。

十五を過ぎれば体も大人とほぼ同じようになる。それに俺は一族の長の息子だった。一族の女が誘いをかけてくることもあった。そしてそれを断らず夜這いも多くした。

戦乱の世だ。
他の一族はどうかは知らないが、貞操観念の低いのは当たり前。それにどうしたって色欲はあるもの。戦の影で若い男達はそうやって欲を発散させる節があった。

センリへの情をそうして無かったものにしようとした。だが、女を抱く度にそれはただただ虚しくなっていくだけだった。

誰もセンリの代わりなどなれやしない。


そんな事を思って戦にも明け暮れた。

イズナも父も一族の皆も、センリがいなくなって目に見えて変わった。戦いの無い日でも集落では笑い声はあまり聞こえなくなった。仲間の笑顔も途端に消えた。戦い方が変わったのは俺だけではなかった。

闇雲に他の人間を殺す事もあった。イズナに心配されるほど戦い続けた時もあった。センリには言える訳はないが、そのうちに俺の名は柱間の名と共に知れ渡っていった。

戦っている時はセンリの事は忘れられた。

戦って血を浴びて、夜も欲求をぶつけて荒んだ心を満たす。それなのに毎日虚しさしか残らなかった。


しかし、センリが戻ってきた。

再び俺の元に帰ってきた。

俺はもうこの存在を絶対に手放さないと決めた。そして今度は、離れない。いや、絶対に離さない。側にいると。

俺はそのために力をつけてこの戦争を終わらせる。


センリが消えたままだったら俺は一体どうなっていたのだろうかと考える時もある。

戦を終わらせたいとずっと思っていたのは一族の為でもあり、何よりも平和を願うセンリの為だ。

ガキの頃から早く戦争が終われば、と考えてきた。願掛けもした。

しかしもしも戦争が終わったとしても、そこにセンリがいなければ何の意味もない。センリがいない世界では意味が無いのだ。

だからこの汚らわしいこの世界で、清らかなセンリを守る。

…それなのにその覚悟が、センリを見る度に嫌に心を蝕む。
センリは清い。まさに天衣無縫といったものだ。その心も、そして体も。汚れのない純潔。人間の欲というものを寄せ付けないほどに。


俺はもう純粋でもなんでもない。
考えも、体も、気持ちも。センリが眩しく感じる。

だから触れられなかった。
悔しくてまた他の誰かにそれをぶつけた。

センリに見つからないように、夜も会合だと嘘をつき出掛けた。センリは何も知らず笑っている。

センリが戻ってきてからも四年もそうしていた。


もうそうやって隠し事をするのが嫌になってきてしまった。俺の全てを受け止めて欲しいと、あの清らかな心で受け止めて欲しいと思ってしまっている。

センリを穢したくない。

他の誰にも触れられたくない。

ならば俺がその心も体も全て奪ってしまいたい。染めてしまいたい。


……結局のところ俺はセンリを愛していた。それはそれは、どうしようもなく惹かれた。

長く戦争が続き、一族達が殺されるのを間近で見続けてきて、俺はいつだって平和な世界を望んできた。仲間が殺されない、誰も死ななくてもいい世の中。しかしいつからかそれは変わっていたもかもしれない。


「弱い者は、醜い」


この戦争中に幾度もそう思った。弱き者の言葉などには何の価値もない。現に、まだガキの頃の俺の言う事を、父は、大人達は、聞かなかった。

それなのにあいつは、笑っちまうくらい綺麗な笑顔で、


「弱い者は、愛おしい」


そう言うんだ。本当に、馬鹿馬鹿しい。

何の価値もない言葉を、俺の言葉を、あいつは馬鹿馬鹿しい程愛おしげに見つめて、そして受け止める。心を受け止め合えば、いずれ本当の意味で解り合える、と。それが、センリが俺に教えた事だった。


センリが俺の生活の、気持ちの中心になって。あいつが時折、本当に稀に悲しげな顔をする度に、俺は心が痛んだ。センリには笑っていて欲しい。屈託のない、曇りのない笑顔で。

その為に、戦いで一族が死ぬ度に悲しみを一心に隠して耐えていたセンリの為に、俺は戦争を終わらせたくなった。自分の為ではなく、自分より弱い者達のために平和を願う、センリの為に。


確かに戦う事は好きだ。強い者と戦う時は心が踊るのも確かだ。

しかしこれはあいつが望んでいる戦いではない。何も守るもの無く、ただ失うだけの戦い。

奪うためだけの戦いは、センリはこれっぽちも望んでいない。あいつはいつだって、戦いではなく対話を、心を受け止め合う事を願っていた。

いつしか、あいつの望む事が、俺の望む事になっていた。

ならばすべき事は一つだ。

いつか必ずこの戦争を終わらせなければならない。

その為に、いまは、俺は、戦い続ける。

戦がなくなったら……戦乱の世が終わったら……いつかこの思いをセンリに伝えられるのだろうかなどと酷く傲慢な事を思いながら、今日もまた一日が暮れていく。

「平和を」というセンリの願いを俺は、どうにかして叶えたかった。

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