-恋慕-
戦争は激しくなったり閑やかになったりを繰り返していた。
基本的に一族単位の戦争だが、国が一族を雇い、そして一族たちが戦う。
その各たる一族の中で格別といわれるのが、うちはと千手だった。この一族に対抗できるものは他にはいない。
だから一つの国が千手一族を雇えば、それの敵対国はうちは一族を雇う。そして二つの一族は戦い続けるのだ。
その場の戦いに勝てば国から報酬が出る。そうやって一族たちはやり繰りしているのだ。
しかしもちろん戦わない一族もいる。そういう一族は、戦いに出る一族と同盟を組み、そこに色々と協力して一族の生計を立てる。
戦いに勝つ事の多いうちは一族は、他一族の中でも割と富裕層ではあった。戦時中なので数は限られてはいるが、食べ物に困る事はあまり無いし、医療品や衣服などもちゃんとある。
十年もそんな生活をしていればこの時代の生活にすっかりセンリも慣れてくる。戦いの日々の中でも、常に新たな発見があるのでセンリの毎日は退屈ではなかった。
戦乱の中で、柱間がうずまき一族の姫と婚約したという話が風の噂で流れてきた。
『うずまき?』
センリは縁側に座り、お茶を飲みながら隣に座るイズナに尋ねる。センリが初めて聞く一族の名前だった。
「そう。赤髪と、それから異常なくらい強い生命力が特徴の一族でね。封印術に長けているんだ。数はかなり少ないんだけれどね。確か…千手とは同盟を結んでたな」
イズナはセンリの為に説明する。敵の一族の話である為イズナはしかめっ面だったが、センリはまだ見ぬ柱間の嫁になるであろう人物の姿を思い馳せた。
「まあ今の時代婚約だなんてあんまりしないけど。公にすれば狙われる確率が高くなるから」
イズナがそう言ってため息をつく。センリはそんなイズナを見ながらお茶を一口飲む。
『…イズナは恋人とかいないの?』
センリがふと思ったようにイズナに聞く。イズナは少し驚いたような表情をしたあと、クスッと笑った。
『?』
センリはなにか変なことを聞いたのかと小首を傾げる。
「姉さんでもそういうこと気にするんだ」
イズナは少々失礼なことを言って、面白そうに笑った。普段、天真爛漫で色事に程遠そうなセンリは、あまり興味がないのかと思っていたのだ。
『えっ、だってイズナもそういうお年頃だなって思って』
センリはまるで本当の弟の色恋を心配する姉のようだった。センリが真剣に言うのでますますイズナは面白くなってしまった。
「心配するのが遅すぎない?ボク、もうハタチだよ」
イズナは笑いを押し殺しながら楽しそうにセンリを見る。
「恋人なんかより、今は一族のほうが大事。色恋沙汰にかまけてる暇なんかない」
イズナは笑いながらそう言う。センリはちょっと口を尖らせる。
『ええー、そんな事言って……若いんだからたまには戦争忘れて恋してパーッと…』
「センリ姉さんって時々年寄り臭いこと言うよな」
センリがまるで一族の中のおばさん達のような事を言うのでイズナはつい突っ込む。
『だって年寄りだもん!』
バカにされているというのに何故かセンリは胸を張って言う。
「姉さんって…純情というかバカっていうか……ホント、かわいいよね」
無邪気なセンリを見てイズナは楽しそうだ。
『ちょっとイズナ。お姉ちゃんをからかわないの!』
センリは少しむくれてそう言うが全然怒っていない事は明らかだ。
「だって姉さんがあんまりにも真剣に恋だの言ってくるから…」
そう言うがイズナは全く反省してなさそうだった。センリは長く息を吐いて、青い空を見上げる。
『恋愛するのってきっと大事だよ!こんな戦いだらけの時代にって思うかもしれないけど…誰かの為に戦って、好きな人の為にそこに帰る。自分を愛してくれる人がいる…そう思えば何だって乗り越えられるもん!』
センリがニッコリしてそう言う。イズナはそんな純粋なセンリの姿をやさしく見つめる。
「じゃあさらにボクには必要ない」
センリは疑問そうにイズナのその目を見つめる。兄と少し違う、どこか穏やかさを感じるその瞳。戦いの時にはその瞳が厳しく赤く光ることをセンリは知っている。
「ボクには大切な存在が二つもある。無事に帰ることを望んでいてくれる存在がある。兄さんと姉さんがいればボクはどんな戦いだって乗り越えられる」
その言葉には嘘はなかった。センリも笑みを返す。
『イズナ……』
自分に甘えてばかりだったイズナが、今度は自分のために生きている。これほどまでに嬉しいことは無かった。
「ボクだってもう、姉さんと兄さんに守られているだけの存在じゃないよ。今度はボクが家族を…一族を守る」
センリは自分の目線よりも高い場所にあるイズナの頭を撫でる。
「…言ったそばからそうやって子ども扱いするんだから」
眉を下げてそう言うが、イズナはマダラにそうするより抵抗はしない。
『だってかわいい弟だから』
センリはニコニコしながら、イズナの髪をワシャワシャと撫でた。小さい頃からあまり変わらない直毛だが毛先にクセのある、自分より少し硬い髪質。
イズナは幼い頃こうして頭を撫でられるのが好きだった。マダラの方は恥ずかしがる事が多かったが、イズナはむしろ自分から撫でて欲しいと言って来ていたなあと少しだけ昔を思い出した。
「…センリ姉さんが兄さんと結婚すれば本当の姉弟になれるのに」
何気なくイズナはそう言う。イズナの頭から手を下ろしたセンリが途端に目を丸くさせ動揺する。
『なっ、なに言ってるのイズナ…!マダラとけっ、結婚だなんて……!』
センリが慌ててどぎまぎしながら言うのでイズナはちょっと不思議そうにセンリを見る。斜め下に視線をやりながら照れたように顔を手で覆っているセンリはなんだか小動物のようだった。
「………姉さんって、ビックリするぐらい鈍感だよね」
イズナは一番近くでマダラとセンリを見てきたつもりだった。さらにマダラは実の兄。産まれた頃からずっと一緒だ。
イズナはだれよりも早く二人の気持ちに気付いていた。
「まあ、ボクから言うことじゃないか」
あたふたするセンリを見てイズナはのほほんとお茶を飲む。
二人の幸せな結末を考えながらイズナはそれを想像して笑った。
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