-恋慕-



厚めの羽織りを着てなるべく暖かい格好でセンリとマダラは森の中の川辺に来ていた。
やはりセンリの予想通り今日の夜空は星々が一際輝いていた。

『すごい!見てマダラ。六等星くらいまで見えそう!』


センリが歓喜して空を指さす。マダラもその先を見上げる。
夜だというのにこの辺りは明かりがないが、空から降り注ぐ光だけで十分明るい。そのほの明るさを辿ると真上には降り注ぎそうな星々。

少々仕方なく出てきたマダラだったが、確かにこれなら見応えがある。寒い中出てきた甲斐があったようだ。

「これはなかなかだな…………おいセンリ、あまり遠くに行くなよ」


川の上へと走り出すセンリの背中に、マダラは袖の中で手を温めながら言う。張り詰めたような寒さだったが、センリはお構い無しだ。


『うわあー………あっ!オリオン座っぽいの!うーん、スゴイ!こっちの世界の星の位置も同じなのかなあ?』

「……まるでガキだな」


川の真ん中に立ち、空を見上げて一人ではしゃいでいるセンリをマダラは川辺から見守る。
小さな頃からセンリは百年も生きている割には、少し子供っぽいとは思っていたが自分が大人になるとそれがさらに際立って見えるようになった気がする。

『綺麗だなあ』


マダラはゆっくりとセンリに近づく。

何度こうしてここの川で二人で過ごしただろうか。いつの間にかその顔を見下ろすくらい身長差も出て、子供の頃とはまた違ったセンリの表情が見える。

マダラは感動して空をじっと見上げているセンリの横顔を見る。

星を綺麗だと言うセンリだが、マダラにとったらどちらの方が目を惹くかと言ったら上ではなくセンリの方だった。バカみたいな事を言わなければそれは容姿端麗なわけで、月明かりに照らされるセンリはなにか幻想的で神々しくも見えた。白銀の髪が星の明かりでキラキラと輝いて見える。


「……本当に、綺麗だ」


マダラはセンリを見て呟くように言うが、それに気付かずセンリはずっと空を見上げていた。


『(もうすぐ満月か…………ハムラの一族たちは今も月にいるのかなあ……いつか会えるといいな………ここの世界の月はすごく地球に近いからね……。カグヤは、あそこにずっと封印されてるのかなあ。怒ってるかな?怒ってるよね…………カグヤ………)』


マダラは、センリの表情がほんの少し切なそうに歪められたのを見た。


「……どうした?」


マダラはそんなセンリを見て小さく問いかける。センリはマダラを見てから、またその眼を夜空に向けた。


『月にはね、私の友だちがいるんだ』


そう言ってセンリがちょっとだけ微笑む。いつも突拍子もないことを言い始めるセンリだったので、マダラはそれほど驚かなかった。


『あの月にずっと一人でいるのかなあって。もう絶対会えないのに、なんか月を見てるとまたいつか……いつかちゃんと会えるんじゃないかとか、考えちゃうんだ。そしたら今度は……間違わないように…ちゃんと、側に…わたしが、』


センリはそこまで言って口を閉じる。センリの静かな口調は少し震えていた。
マダラが声をかけようとした時、センリがマダラを見る。悲しそうに見えたその表情は一瞬で、こちらを見るその顔はいつものセンリだ。


『マダラは友だちを大切にするんだよ』


それは小さな頃のマダラに言い聞かせるような優しい声。


「友、なんて…」

マダラは何か言おうとしたがセンリの笑顔を見たらそれはただの白い息となって消えた。


「俺は、センリとイズナがいればそれでいい」


マダラは無理矢理その笑顔から目を、真上に向ける。

嫌だった。

センリが悲しそうにするのはいつだって一瞬で、次見た時にはそれは綺麗さっぱり消えている。その心には触れるなと、まるで拒否されているかのような感覚になるのだ。


「(俺は…)」


少年の頃、センリの心を守りたいと誓ったはずなのに全く守れていない気がしていた。戦場に出れば他の者の手を借りずとも傷一つ負うことなくむしろ誰か怪我をしている者はいないかと気にしてばかりで、自分の事は後回し。いつも他人の事ばかり優先する。

だったらセンリの事は一体誰が守るというのか。

いや、どうやって守っていいかもわからない。なぜならセンリは強いから。単なる戦いの実力だけではなく、その心が。

マダラはいつだってその心に近付きたかった。
他の悲しみも人の死も痛みもその心に纏うことができる。自分以外のなにかのためにその心を使うことが出来る。そして誰よりも強い力を持っている。そんなセンリはマダラの憧れでもあったし、同時に大切な存在だった。


「センリ」


幾度となく呼んだその名前はいつの間にマダラの心の中心になっていた。
センリは首を傾げながらマダラをじっと見る。


『ん?』


その名を呼べば、いつだって何をしていたって、はにかんだ笑顔を浮かべながらこちらを向いてくれる。この戦乱の世界で、何もかもが不確定で不安定なこの世界で、唯一の確かな存在。不浄なこの世界で、ただひとつの穢れなき光。


『………くしゅんっ』


センリの顔が少し歪んだかと思うと目をギュッと瞑り、そしてくしゃみをひとつ。
何だか愛らしいその姿についマダラの表情が崩れる。


「フッ………さすがに寒くなってきたか?こっちに来い」


マダラはブルッと震えるセンリの手を取り、自身に引き寄せる。小さな体を背中から包む。
センリはマダラの腕に包まれ、マダラはセンリを覆うように羽織りを巻き付ける。センリの背中に温かい人肌が当たる。


『わっ、マダラあったかい!』


一気に体がホカホカとした温かさに包まれ、センリは感動してはしゃぐ。


「酒を飲んだからな」

センリは頭をマダラの胸に付ける。背中にマダラの心臓の音がかすかに伝わる。いつの間にこんなに大きくなったのか。センリは笑いを零す。
自分の腕で抱きしめられるほど小さかったマダラは、センリをすっぽり包むほど大きくなっていた。


『……マダラ』

今度はセンリがマダラの名を呼ぶ。
センリが首を曲げてすぐ近くにあるマダラの顔を見上げる。


「何だ?」

マダラの声が白い息と共にフワッと出てくる。少しアルコールの匂いがした。

センリは、今までこんなにも近い距離でマダラを見た事はなかった。いつも鋭く、睨んだだけでも人を殺せそうなその瞳が優しく細められている。

センリは至近距離でその表情を見て目をパチクリさせる。


『(…なっ、わ、私は何照れてるの!?小さい頃からマダラは見てきたでしょ……あんなに私より手も小さくて甘えてたマダラだよ?こんなかっこい………って、ホント、私は何考えてるんだ…)』

センリは一人でドキマギしながら、マダラから顔をそらし、少し月を見上げる。
一気に体の熱が上がったように、マダラとくっついている所が熱い。


「…?」

呼んでおいて何も言わないセンリのつむじをマダラは不思議そうに見つめた。


何日かすればまた戦に出て返り血を浴びることになる。それなのにこの空間が心地よかった。果てしない戦乱の世だからこそ、静かな時間が大切だった。時が止まったように感じるのに、そんな事はなくて確実に時間は進んでいる。

二人の吐く白い吐息が交じり合い一つの煙となって夜空に吸い込まれていく。

マダラとセンリはしばらくの間そうして二人で空を見上げていた。

[ 77/125 ]

[← ] [ →]


back