-恋慕-
家に着くまでの数分間、マダラは一言も話さなかった。センリはマダラの背中を見つめ、首を傾げながらマダラに手を掴まれたまま家の玄関をくぐった。
マダラが少し乱暴に襖を開けて、部屋にセンリを入れる。後ろ手でマダラが襖を閉めるとバン、という少々大きな音が鳴って思わずセンリはビクリと体を震わせた。
そして灯りも付けずにセンリに詰め寄る。
「センリ、こんな時間に一人で男の家に入ろうとするなんて、お前バカか?」
開口一番叱りの言葉だ。センリはその時マダラの顔を見て初めて怒っているということに気付く。
月夜の明かりだけでも分かるくらいマダラの表情も殺気立っていた。
『えっ?バ、バカって…』
時々マダラはバカにしてくる事もあるが、ただ、この時ばかりはなぜマダラが怒っているのか分からなかった。
「お前の鈍感にもほとほと愛想が尽きる。もっと危機感を持てないのか?」
マダラが叱るようにセンリに言う。その刺々しい口調にセンリは少しビクつく。ここ最近マダラがこんなに怒ったのはセンリの記憶にはない。
『な、なんでそんなに怒ってるの?遅くまで修業してたから?』
センリは眉を下げ目をぱちくりさせてマダラを見上げる。マダラの方も、いつも明るいセンリがビクビクしているのは初めて見た。そんなセンリを見ているうちにマダラの中の昂った感情が少し収まった。
「男が自分の家に女を誘う意味なんて一つしか無い。お前は確かに強いが、それと同時に女だ。無防備すぎる。突然男に力でねじ伏せられたらどうなるか分かるだろう?」
マダラは少し落ち着きを取り戻し、センリに言い聞かせた。センリはマダラがなぜ怒っているのか理解しようと真剣にマダラの話を聞いた。
「……とにかく、たとえ忍でも男は男。戦場を離れて、それが好いた女の前となれば下心の塊だ。お前が他の誰かに襲われでもしたら……たとえ一族の者でも絶対に許せねェ」
センリは少々難しい言葉に頭を酷使して何とかマダラの言いたいことを察する。
『お、襲われるだなんて…!』
センリは一瞬考えたが、意味を理解して怪訝そうな表情をした。
『そんな…キリトはそんな事しないよ!あんなに修業に一生懸命で、強くなりたいって頑張ってる…−−』
マダラはまだ危機感のないセンリの言葉を遮りの両肩を掴む。
「センリ、お前が思ってるより周りはもう小さなガキじゃないんだ。お前がいた頃とは違う。それをしっかり覚えておけ」
センリは月明かりに照らされるマダラの真剣な顔を見つめる。いつも一緒にいるはずの、見慣れた人なのに、なぜか知らない人のような感じがした。
時はセンリが思っているよりも早く、そして急速にマダラを成長させていた。
センリはこの時初めてマダラはもう子どもではないと気付かされた。
自分を射抜くその瞳もその言葉もその表情も、こんなにも雄々しかったものかと今さらになって気が付いたのだ。
「俺だってもう…ガキじゃねェ」
センリは約十年マダラの側にいて、その黒い瞳の中に、たった今初めて男という存在を見た気がした。
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