-恋慕-
次の日の朝、一族の長になったマダラが皆を集めて、センリが帰ってきたことを説明してくれた。
うちは一族の皆は再び戻ってきてくれたセンリを快く迎え入れ、逆に感謝した。
センリは少し驚き、面食らった。
センリがいれば大方の怪我は治るので、そういう意味での奉謝かと思っていたが、一族の皆はセンリの帰りを純粋に待っていてくれたのだ。
野菜売りのおばさんや数少ない一族のくの一など歓びの涙を流していたほどだ。
傍から見たら冷徹そうに見えるうちは一族だが、その分身内に注ぐ愛情はとても深いもの。センリが一族と共に過ごした六年間は無駄ではなかった。センリと一族との絆は、センリ自身が思っていたよりも深く築かれていたのだ。
―――――――――――――――
『タジマくん、お疲れ様でした』
センリはタジマの遺体が眠る場所の前で座り込み、目を瞑り手を合わせる。マダラはその姿を後ろから見つめる。
タジマが死んだのは数ヶ月前だ。これも因縁というものなのか、千手仏間と相討ち。潔の良い、忍らしい最期だったとマダラは言った。
イズナはその数年前に写輪眼を開眼し、そしてタジマの死によってマダラもイズナも“万華鏡写輪眼”を開眼していた。万華鏡写輪眼は写輪眼の上位種に当たるもので、それを何倍も上回る力を出せる瞳術だ。マダラもイズナも、一族の中では群を抜いて実力があった。それも影響しているのだろう。
皮肉にも肉親の死が、二人に最高峰の力を与えたのだ。
『(タジマくん……少し厳しい人だったけど、それは一族を愛するが故だったんだよね……私を一緒に住まわせてくれてありがとう。あの時が最後だなんて、もうちょっと笑顔で別れたかったな。マダラとイズナは私が側で見守るから…安心して)』
センリは黙祷を終えてそっと目を開く。手の平を上に向けるとそこにどこからともなく、一輪の大きな白蘭が現れる。
『ゆっくり休んでね』
センリはその白蘭をタジマが眠る地面の上に置いた。
マダラはセンリが何も無い空間から花を作り出したことに少し驚いたが、正直なところセンリにはもう驚き疲れた。
『マダラがうちは一族の長だなんて、すごいよねぇ』
皆の遺体が埋めてある林の中から立ち去りながらセンリがまるでお婆さんのように言った。
「長が死んだのなら、長男が担うのが大体の道理だろう」
マダラは隣を歩くセンリを見る。今までセンリと同じくらいの身長だったはずなので、センリを見下ろすのは少し不思議な気分だった。
『じゃあその長であるマダラくんにお願いがあるんだけど』
センリは珍しく真面目にマダラに向き直る。マダラは足を止める。
『今度から私も戦場に出して』
マダラはセンリの言った意味が分からず不可解な面持ちでセンリを見つめる。
「…どういう事だ?」
『私も戦場に出て戦いたい』
マダラはセンリの口からそんな言葉が出てくるとは思ってもいなかった。マダラが知る限りのセンリは優しさの塊のような人間で、そのセンリが戦場に出て人を殺すなど想像出来ない。現に自分の父親は、センリを戦場に出す事を頑なに拒否し続けていた記憶がある。
何か裏があるのかとマダラは訝しげにその金色の瞳を射抜く。
「…なぜ?」
センリは一呼吸置いて真剣な表情をする。
『私は戦場の様子を何一つ知らない。うちは一族の人たちの怪我を治すばかり。知らない事の方がいいって場合もあるかもしれないけど……それでも私はちゃんと本当の事を見たい。私はうちは一族の人間じゃない……でもうちはの忍として戦いに出たいの。この目で、この心で、ちゃんと今を見たい。それで何か私に出来ることがあるなら……それをちゃんと見極めたい』
もちろん柱間と話した事は言わなかったが、それはこれまでも何度もタジマに相談していた正直なセンリの気持ちだった。
センリもこれまでに無い強い視線でマダラを見上げ、マダラもそれを見返した。
「戦場はお前が思っているよりも危険が付きまとう。一族の人間も目の前で死ぬ。自分の思い通りにはならねェ……力だけがものを言う世界だ。それがセンリ…お前に耐えられるか?」
マダラは厳しくセンリに問い詰める。
しかし、センリの顔を見て意思は揺らぐどころか更に確固なものになっていると実感するだけだった。
『私が無駄に百年も生きてきたと思う?』
センリは薄く笑みを浮かべたのだ。マダラは少し驚いた。
『私は死なない。ちゃんと、全部が終わって…そしてまた始まるまで絶対死なない。私にはやらなきゃいけない事がある…その為にちゃんと今を見たい』
インドラもアシュラもずっと自分が近くで見て来た。そう思っていた。
でも結局二人は交わることは無かった。自分はそれを近くで見て来たのに何も出来なかった。
『(今度は……ちゃんと…)』
センリの目はどこまでも真っ直ぐに前を見つめていた。なぜかマダラは、彼女の目の前にいるのは自分なのに、その瞳が自分ではなく、遥かその先……その先を見つめているように感じた。
「…俺がダメだと言ったら?」
マダラが静かに言う。
センリは空を見上げて少し考える。
『……――勝手に出る』
センリは考えに考えた結果だったが、マダラはため息を吐いた。
「…どうせダメだと言っても出るなら聞く意味あるのか?」
『でも!そういう事はちゃんと言わないと!今まではマダラもイズナも小さかったし、ここに置いてくれたタジマくんの意見に従ってきたけど……カルマから色々話を聞いて………それに今はマダラが一番偉くなったから、マダラがいいよって言うかもしれないし』
センリは力説する。矛盾していなくもないが、センリは真面目に言っているようだ。
「考えを変える気はないんだな?戦場の中では皆自分の事で精一杯で、他を見る事は出来ないぞ」
マダラの言葉にセンリはタジマを思い出す。同じ事を何度も言われたからだ。タジマは本当にセンリを戦場に出す気はないようだったが、どうやら息子は少し考えが違うようだった。マダラの口調はタジマほどきつくはない。
『どんなに辛くても大丈夫。それに私はそうそう死なないよ!』
センリは人に何かを言われて自分の意思を変えるような人間ではないとマダラはよく知っていた。昔は自分達が小さく幼かったから、それを支える為に戦場に出る事を我慢していた節もあった。しかし今はもう違う。
それにセンリの実力も分かっているつもりだった。ほとんど確実にセンリが他の者に殺されることは無い。
そうは分かっていてもマダラはセンリを穢れた世界に出すのは正直良くは思わなかった。
「俺は……お前が傷付くのを、見たくない」
マダラはボソリと小さく呟く。
その言葉に、センリはどこかインドラを思い出した。インドラも、センリが汚れるのが嫌だと、そう言っていた。
センリはマダラをしっかりと見つめたまま、正面から両腕をギュッと掴む。自分の本当の思いを、知ってほしいと思った。
『マダラ、私は自分が傷付く事なんて怖くない。それよりも、何もしないで、大切な何かを見失う事の方がよっぽど怖い。気付かないまま生きていく方が、ずっとずっと怖い。私は、現実がどんなに辛くても、ちゃんと見たいの。絶対に目を逸らしたくない』
それはセンリがインドラに伝えたかった事だ。目を瞑っていては分からないこともある。戦い、傷付いたとしても。それが例え、どんなに辛いことでも。
『私はマダラと同じ目線で…ちゃんと隣で歩きたい。痛いのも辛いのも、汚い世界だって…一緒に見たい』
センリの眼は、まるでマダラの考えの何もかもを見透かしているようだった。心を読まれている。マダラはなぜか、そんな感覚に陥った。
『マダラ、私はあなたを家族だと思ってる。一緒に同じものを見て、感じて、触れて…生きていきたいの』
マダラは唇を噛み締める。真っ直ぐな瞳から、言葉から、目を逸らす事が出来なかった。金縛りにあったかのようだった。
「(そんな顔されたら……頷くしかないだろ…)」
センリの、どこまでも澄んだ、そして真剣な表情を前に、その言葉を拒否するなど今のマダラには到底無理だった。
[ 69/125 ][← ] [ →]
back