-見せ合えたハラワタ-
「“許す”と……センリが、そう言っていたろ」
イズナはハッとして目を見開いた。
「あいつは、うちはの人間を戦争で殺めた千手一族を“許す”だろう。そして、もしも他の誰かが憎しみを断ち切れないとしても、センリはそれを“許す”と言うだろう」
マダラの声音は、まだどこか納得出来ないというような、諦めにも似た呆れも混じっていたのに、まるで子どもの小さな悪戯を受容しているかのように、とても穏やかだった。
「あいつは昔から訳の分からない事を言う奴だった。周りがなんと言おうと、自分の思いを曲げなかった。だから……あいつのやりたい事を、見てみたいと思った」
マダラはそう言った数秒後、ついに失笑した。
「ま……そんな事を思っている俺もまた、馬鹿だって事なんだろうが…―――」
イズナにだからこそ言える、マダラの本当の気持ちだった。イズナはマダラをじっと見つめる。やはり最終的には、人の心を変えてしまうのもまた人の心なのかもしれない。千手に対して少し気に食わない気持ちがあったのは確かだったが、それでもイズナは、マダラの言う事もまた理解していた。
「いや………ボクも分かるよ、兄さん」
マダラらしくないと言えばそうだったが、しかしながらイズナもその気持ちは理解出来た。マダラは少し不思議そうに眉を上げた。
「ボクだって千手を心から信用してるわけじゃない。ボクを一度殺した…写輪眼を奪った扉間も憎い………だけど、姉さんの事は心から信頼してる。もちろん兄さんの事も。二人が決めた事なら、ボクは従うしかないよ。兄さんと姉さんは、ボクが何よりも守りたいものだから」
個人の感情としては許せるわけもない。一族を殺した仇。そう思っていたはずだった。
しかしセンリは休戦を望んだ。そして兄もそうしたいと言った。そうなれば、自分が反対する理由はもう皆無に等しかった。自分が協定を結ぶ事を望んでいないからと言って反逆を起こす気もない。イズナにとってセンリとマダラの存在は何よりも大きく、優先させるべきものだった。
「イズナ…」
イズナの唇は弧を描いた。マダラは自分を心から慕う弟がいることが今程嬉しかったことは無い。
「戦いが無くなろうと、千手と手を組もうと俺達は兄弟だ。それはずっと変わらねェ。俺達は唯一の家族だ」
イズナの笑みの奥にある微かな不安はそのマダラの言葉で不思議なくらい吹き飛んでしまった。
「この眼はお前から貰ったものだ。これからだってお前を守ってみせるさ。もちろんうちはも」
「兄さん…」
そうだった。兄はいつでも自分を、自分の弱いところを守ってくれていた。昔からそうだ。戦っている時にしろ、言葉にしなくても…何も言わずとも分かり合える唯一の家族だった。
目を兄に移植した事は後悔していなかった。むしろ万華鏡写輪眼を使いすぎて失明の危機に陥っていたマダラにもうその心配はなくなると思うと満足した気持ちの方が胸に広がる。
「まあ、イズナにしろうちはにしろ、俺がそうしなくてもセンリが守るだろうがな…」
マダラはそう言って薄く笑みを浮かべた。
二人でそんな会話を交わしていると夕飯を作り終わったらしいセンリが片手でお盆を持って器用に襖を開けて入ってきた。歌を口ずさみながら上機嫌だ。
『秋の夕日に〜照る山紅葉〜…………ん?どしたの二人とも』
机に夕飯を並べている時、マダラとイズナが何だか微笑んだようにこちらをじっと見てくるのでセンリが不思議そうに首をかしげる。
『同じ顔してるよ』
系統は違えどそこは兄弟。穏やかに微笑む姿は似通ったものがありセンリはちょっと笑った。
「兄弟なんだから当たり前だろう」
マダラが少し呆れたように笑う。センリの姿を見ればどんな時だって無意識に微笑んでしまうのだ。
『んん……でもマダラの方がちょっと目付きが悪いね!このっ、悪人顔〜っ』
いたずらっぽくセンリがニヤニヤしてマダラを人差し指でツンツンとつつく真似をする。イズナはそれを見てくすくす笑った。
「なんだと、コラ」
『ほら、それだよ!それ!』
マダラの眉間に出来た深いシワを指差しセンリが笑いながら言う。
『マダラってば小さい頃からすーぐ、何だとテメェこら!って言ってさ……』
センリが呆れたように昔話を始めれば楽しい夕飯の時間が始まる。マダラは不貞腐れているようにも見えるがもちろん心からそうしている訳では無い。気を許し合った三人だからこその空間。これがあるならば千手と手を組もうが戦争がなくなろうが、何でもいいのかもと思えてきてしまう自分がいてイズナはこっそり笑みを零した。
「センリがアホ過ぎるから俺はこうなった」
『ええっ、私のせいなの?』
「突っ込むところが多すぎるんだ」
『そういうこと言うとマダラの秘密、千手の人たちにバラしちゃうからね』
「なんだと?」
『あれは確かマダラが十歳になるとき…』
「(写輪眼!)」
『あうっ、幻術にかかっ………りませーん!』
「二人ともご飯冷めるよ」
それはいつもの風景だった。昔から変わることのない確かな空間。
それだけはこれから何があろうと変わらないとマダラとイズナは信じていた。今までの戦いが馬鹿らしくも思えた。こんな日常が側にあるのに、他に何を望むというのか。千手一族と手を組んだとしても何も変わらない。それは唯、家族の姿だった。
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