-描いた夢-



「本当に、おかしな理由だな」


マダラは呆れたように鼻を鳴らした。相変わらずセンリの考え方は、馬鹿みたいだった。マダラに揶揄されても、センリは全く気にしていない。本当にそう思っていたからだ。



『だってさ、マダラが開眼した時は、タジマくんの作戦を実行しようと…川で柱間と会った時でしょ?あの時マダラは……この先、柱間とは戦場でしか会えないって悟って、“柱間と過ごした時間”が本当に大切なものだったんだって気付いた。だから“大切な友達との時間を守るための力が欲しい”って思った』


うちはの話に則って考えるならそれは、“この世に自分達が語り合った夢のような未来など存在しない事”を悟って開眼したと言える。

だがセンリの言う事もまた、その当時のマダラの心情にぴたりと当てはまるものでもあった。



「ボクが開眼した時は、兄さんがボクを守って大怪我をした時だ」


それはセンリが消えていた間の事だったが、センリはその情景とイズナの感情が手に取るように分かった。


『きっとイズナはその時に改めて、“マダラが大切だ”って気付いた。だから、“マダラが自分を守る為に犠牲になる事がないように”、強さがほしいって心から思った』



マダラは何も言わずにセンリの顔を見つめ、穏やかな言葉を一つ一つその心に落とすように聞いていた。センリが心からそう考えているのが分かり、心臓がほんの僅かに締め付けられるような感覚がした。

本当におかしくて、馬鹿馬鹿しくて、奇妙な考えだという思いが心の根底にあるのに、センリの真っ直ぐすぎる瞳と言葉が、マダラの心の奥底のその壁をそうっと崩してきていた。むしろその壁すら優しく包み込むような、温かいものだった。



『他のみんなだって、同じだと思う。“自分を思ってくれている大切な人”に気付いて、“自分が本当にやりたい事”に気付いて、“自分が追いかけたい夢”に気付いて……でも今の自分のままじゃダメなんだ、それらを守る為の力が欲しいんだって、そう強く願う心………私はそれが、写輪眼の力を呼ぶ要因になっているんだって思う』



センリの微笑みは、言葉は、まるで堅く凍り付いた心を解かす、柔らかな陽光のようだった。

イズナは少しセンリを物憂げな目で見た後、ゆっくりと何度か頷いた。



「ずっと迷ってたんだ。それはうちは一族の全ての人間が認識してる事だから。それが普通で、それ以外なんて考えた事なかった……――――でも、今は……ボクは、姉さんのその考えの方が“いいな”って思ってる」



イズナの優しい声を聞いて、センリは零れるような笑を浮かべた。どちらの考え方も認めてくれているようなイズナの答えが、嬉しかった。



「兄さんも、同じでしょ?」


破顔するセンリから兄に目を移しながらイズナが問いかける。弟の問いに何と答えようか、マダラは少し考えていた。


「そうだな……」


センリもイズナも、穏やかな笑みを浮かべながらマダラを見ていた。

思えば、「憎しみが力の最大の原動力になる」と思い込み過ぎていた節があったのかもしれない。それは他の者達も同じで、それ故に自分自身を見失う者がいるのも事実で。そもそも「写輪眼を開眼しなくてはならない」という思い自体が自分自身を縛る枷になっているのかもしれない。

センリを見ていると、物事の捉え方が一辺倒ではない事を心から理解出来た。



「センリの考え方は、愚かだ」

『ええーっ』


マダラの言葉を聞いて、センリは大袈裟にショックを受ける動作をした。マダラは無意識にフフ、と笑いを洩らした。



「だが、俺は……センリの、そういう馬鹿みたいな主観が、好きだ」

『……へっ』



机に突っ伏していたセンリは目をパチパチさせながらマダラを見上げた。それがやはり、どうにも馬鹿らしくてマダラもイズナも笑った。



『えっ、ホント?それはとっても嬉しい!――――んだけど、えっ、今マダラ、馬鹿みたいって言わなかった?』

「言った」

『もー!すごい馬鹿にしてるじゃん!』

「馬鹿にしてる」

『してるの!?』



二人のやり取りがおかしくて、またイズナは声をたてて笑った。センリの反応が面白くて、マダラはつい意地悪を言ってしまうが、センリはそれが本気でないと知っていた。



「ボクも、姉さんの考え方が、好きだよ」

『も〜、イズナもマダラも、大人になったらすぐ私をからかって遊ぶんだから……』

「そんな事はない。本当に、俺達はお前のその考え方に何度も助けられてきたんだ」



イズナはまだ笑みを貼り付けていたが、ウンウンと何度も頷いた。



「だからさ、これからのうちはには、そう伝えていってもいいんじゃないか?憎しみだけが動力になるって思うより、ボクはいいんじゃないかと思う」


センリはショックを受けるのをやめ、イズナの意見に耳を傾けた。



「なるほどな」

『それ、いいと思う!』

センリはもちろん賛成だ。



「姉さん見てるとさ、強さの原動力って負の感情だけじゃないんじゃないかなって思うんだ」


イズナの言う事は、マダラが考えている事そのものだった。それが、センリが自分達に教えてくれたものだと思えた。



『もちろんそうだよ!憎しみを持つ事だけが強い力を得る方法じゃない。強い力は怖いって思われるかもしれないけど、でもそれはきっと、大切なものを守る為の力にもなれるんだよ!』


センリは二人の両手を、それぞれの手で握りしめた。あんなに小さかった手が、今では覆う事が出来ないくらい大きい。

マダラとイズナは顔を見合わせた後、同じように微笑み合った。


『だってさ、私が世界一強いのは、二人を守りたいって思うからこそだもん!あっ、ごめん…世界一は語弊があったかな……正しくは“宇宙一”ね!』

「ぷっ、また始まったな、姉さんのトンチキ語録」

「やっぱりお前は阿呆だな」

『よく知ってるね!』



大事な時間をゆっくり楽しみながら、自分が写輪眼を開眼した時の理由は、センリが言った言葉にもう少し付け足すべきなのではないかとマダラは考えていた。
柱間との決別が大きな要因になった事は確かだった。だが恐らく理由はそれだけではない。


「(きっと、俺は…――)」


マダラは美しい笑みを浮かべるセンリを横目で見た。今も昔もずっと変わらない、光明だ。

何にせよ、大切なものを守る為に、強い力を授かったのだ。最終地点は、すでに分かりきっている。それならばこの先きっと、道を見失う事はないだろう。

目の前に降り注ぐ光を見て、マダラの心がまた明るく照らされた。

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