-描いた夢-
マダラが夜遅くに帰ってくると鮎の塩焼きと天ぷらがテーブルに置いてあり、紙にセンリの字体で【 ご飯食べてきてなかったら食べてね】と書いてあった。マダラが寝室をそっと覗くとセンリとイズナはいつものように別々の部屋で寝ていた。
センリは自分の分の夕食を作ってくれていると思っていたのでもちろんマダラは食べずに帰ってきた。センリの手紙をそっと畳み、二人を起こさないように一人テーブルにつきながらそれを食した。
いつもの賑やかさがなく、夕食を一人で食べる事がこんなに静かなものだとは思わなかった。箸と皿がぶつかるカチカチという音と外から聞こえる微かな風音しか聞こえない。センリがいない時だってイズナがいたし、話はなくても誰かがいるというだけでもこんなにも違う。鮎の塩焼きはまるで獲れたての新鮮なようでとても美味しい。
「…」
マダラは障子がそっと開けられる音に気付き、そちらを見るとセンリが目をこすりながら姿を現した。
『おかえり』
少しかすれた声で言いながらセンリはマダラの向かい側に腰を下ろした。センリが人の気配で起きる事はかなり珍しい。
「ああ…さっき帰ってきた。……どうした。寝ていていいぞ」
眠たげなセンリを気遣ってマダラが諭す。しかしセンリは首を横に振る。
『ひとりで食べるの寂しいでしょう?』
イズナを起こさないように小さな囁き声でセンリが言う。マダラはピクリと瞼を動かし目の前でテーブルに頬づえをつくセンリを見てふ、と笑った。
「もう食い終わる」
確かに鮎の塩焼きも残り頭と少しの身の部分だけだったがセンリは動かなかった。
『じゃあ後少しだけ………今日どうだった?楽しかった?』
今日どうだったというまでは分かるが、楽しかったかというのは何だか的はずれな気がしてマダラは苦笑する。
「楽しかったかどうかは別として……新しい集落作りの許可も貰ったし、大名達は何の文句も言わなかった。まあ……かなり驚いていたけどな」
マダラもイズナを起こさぬようにセンリと同じく小声で言った。無事に話が通ったようでセンリはかなり安心した。
『良かった。じゃあ本格的に町づくりができるね。うちは一族と千手一族が手を組んだって広まれば他にももっと増えるかもしれないしね』
にこにこと言うセンリはとても気分が良さそうだ。
「ああ。すぐにでも町づくりに取り掛かることになるだろう」
マダラは大名の屋敷を出るなり、意気揚々と町づくりに意思を燃やしはじめた柱間を思い出した。
『やっとだね』
心底安らいだ様子のセンリを目にしてマダラは休戦協定を結んで改めて良かったと感じることになった。突然戦が無くなったことで確かに物足りなさを感じてしまっていたが、この先センリの悲しみの表情を見る事はなくなると思うと自然と心が晴れた。
「あの時の夢が現実になったのはお前のお陰だ」
センリはここ最近ないくらい優しく自分を見るマダラに少し目を見開く。そしてマダラが冗談で言っているのではないと分かると困ったように笑った。
『違うよ。マダラと柱間が戦をやめる決心をしてくれたからだよ。二人がいなかったらできなかった事だもん』
いつまでも謙虚なセンリだったが、マダラは言い返さなかった。センリは無理に謙遜してる訳では無い。本当に心から自分のやった事ではないと言っていることくらいマダラには分かった。
マダラは少し身を乗り出して向かい側にそっと手を伸ばしセンリの頭に乗せる。
「もう食い終わった」
静かに言うマダラの前の器はどれも綺麗で食べ残したものはなかった。食べ終わったから寝ろ、という事だろうか。センリは不思議そうにマダラを見た。
「ほら、もう寝ろ」
やっぱり、とセンリは口をすぼませた。
『でも片付け……』
眠そうなのになぜか寝ようとしないセンリの頭をマダラは引き寄せる。
『…!』
マダラの顔がすぐ側まで迫ったかと思うとセンリの額に柔らかい唇が当たりすぐに離れて行った。センリは驚きを隠せずに額に口付けたマダラを見るとちょっと困ったように眉を下げ自分を見ていた。
「明日から色々と忙しくなる。いいからもう寝ろ」
いつものように命令口調だったが、穏やかな言い方にセンリの心臓はなぜか締め付けられた。
『……うん、分かった』
センリは何も言えなくなりマダラから目を逸らして呟いた。自分の言葉に素直に従うセンリは自分より何十年も多く生きているとは思えなかった。
マダラがセンリの頭から手を離すとセンリは立ち上がり襖を静かに開ける。
『おやすみ、マダラ』
センリは恥ずかしそうに笑ってマダラに言った。
「ああ、おやすみ」
微かに笑うマダラを見てそっと襖を閉める。確かにセンリは眠そうだったので布団に入ればすぐ眠りに落ちるだろう事は簡単に想像できた。
マダラは出来るだけ音を立てないように器を片付ける。センリはマダラの言うことを聞いてちゃんと眠ったようだった。食器を流しながら先程のセンリの顔が頭をよぎった。驚いたような、少し照れたような表情。マダラは小さくため息をついた。
「(戦がなくなるっていうのに何やってんだ俺は)」
前みたいに戦うことがなくなった途端センリへの感情が膨らんだ気がした。柄にもない、とマダラは自嘲して頭を冷やした方がいいだろうと足音立てずにそそくさと風呂に入るのだった。流されていくのは体の汚ればかりで、何で心というものは嫌でも流して無かったことに出来ないのだろうかと少々バカなことを考えながらマダラは目を瞑った。
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