-見せ合えたハラワタ-



あの騒動の後、うちは一族の皆からちゃんと承諾を貰った。実際皆、心のどこかでほっとしていた。千手柱間が本気なのも分かったし、長も納得した。確かにうちは一族は力を第一とする一族。しかし何よりこれでもう戦をしなくて良いのだと…犠牲を生むことはなくなると思ったら何故か心の奥がほっとするのだった。


その日の夜。
センリはこれまでにない上機嫌で、夕飯の支度をしていた。


『ゆうやーけこやけーの赤とんぼ〜』


秋の夜長とでも言いたいのか、センリが歌を口ずさみながら台所で一人楽しそうにしている。マダラとイズナがいる隣の居間までその声が聞こえてきていた。
マダラもイズナも、別に戦いに出たわけでは無かったのに、どっと疲れていた。イズナは畳の上で足を伸ばし、手を後ろにつきながら兄を見やる。こちらもまた疲れていそうだが、どこか安心しきった表情だ。


イズナはこれまで一番近くで兄を見てきたつもりだ。確かにいくら家では素を見ようとも、その優しさを知っていようとも、一度戦に出れば力を一番に考え、敵と見なせば問答無用で切り倒す。誰かの言う事を素直に聞くような男ではなかった。何年も戦場を生き抜いてきた。仲間の死に何度も涙した。兄の全てを分かっているつもりだった。

それなのに今日。

たったの一時間で、この過去の苦しみや憎しみから、その全てから手を放したのだ。仲間も死に、そして実父まで失ったというのに。戦う事を望んでいたように見えた兄が、一瞬でそれを手放した。


兄弟で一族をまとめてきたとはいえ、何だかんだで今までもマダラに逆らったことは無い。いつも兄は正しかったし、イズナにとって憧れの忍だった。


それ故に分からないこともあった。何が兄の心を動かしたのか。確かにセンリはイズナにとってもマダラにとっても重要な、大切な存在だ。しかし今回の事はセンリだけが関係しているようには思えなかった。

実際、自分が目を移植した時だって「絶対に奴らは許せない」と言っていたはずだ。


「ねえ兄さん、何で…協定を結ぶ気になったの?」


イズナは極めて自然に、ふと思いついたようにマダラに訪ねた。胡座をかき、隣から聞こえるセンリの澄んだ声に耳を澄ましていたマダラはそっと目の前の弟に視線を移した。突然の質問に応えるのに、マダラは幾らか時間を数えた。


「そうだな……最初に協定を結ぶ気になった理由は…イズナ、お前が生き返ったからだろうな」


弟の問いに、微かに口角を上げゆったりと返すマダラ。予想外の答えにイズナは戸惑った。それを見てマダラは腕を組み、台所側の壁に寄りかかった。


「正直、お前が死んだ時は絶望した。この目を俺に託し、一族を託して死んだ時……俺は確かに復讐を誓った」


雰囲気に似合わないセンリの軽やかな歌声が耳に入る。マダラはその心地いい音色にに身を任せるようにそっと目を閉じた。兄のこんなに穏やかな表情はここ最近で久方振りに見るなとイズナはふと思った。
確かにあの時自分が重傷を負い倒れ、床に伏せっていた間、過去にないくらい兄は意気消沈していた。


「だが……お前は生きている」


そう言って目を開け、イズナを穏やかに見やるマダラの顔は、弟を見る慈しみに溢れた表情そのものだった。


「お前が死んだと思ったからこそ、俺は仇をとりたかった。だが、お前が生き返った時……もう復讐する意味はなくなった訳だ。
考えてみれば、お前は俺のために写輪眼を失ったようなもんだ……。しかし、協定を結べばそれを酷使する戦乱はもうなくなる。写輪眼の無いイズナを戦場に送ることもなくなる。一族の者達も長い戦いに疲弊していた………そしてセンリは和解を望んだ。千手からの休戦協定を拒否する理由が俺にはなかった」


トントントンと一定の拍子で小刻みに包丁の音が聞こえる。イズナは静かに語る兄を意味深に見つめた。


「本来ならもっと千手を疑うべきではある。同盟を結んだとしても、これからうちはが裏切られる心配もすべきかもしれない。お前も、そう言っていたろ」


イズナはふと、戦場での出来事を思い出した。致命傷を扉間に追わされた時、確かあの時にも協定を持ちかけられていた。


「ボクはまだ、あいつらを信用できない」


マダラが吐露した事は、イズナも思っていた事だ。同盟を結んだ事により、内部からうちは一族が蔑ろにされるかもしれない。味方になればその分距離も近づく。同盟を結べばもう戦いを挑むことは許されないのだ。
そもそもイズナはまだ千手一族を信用する気になれなかった。しかしマダラは、イズナのようには厳しい表情をしていない。


「兄さんは…あいつらを信用するかどうかより、姉さんの意見が大事だって事?」

真剣なイズナの問いかけに、マダラはふっと柔らかく微笑んだ。自嘲しているようにも見えた。


「センリがいれば……あいつがいれば、うちは一族はどんな事があっても、守られる気がするんだ。光の巫女だなんて言って所詮伝承でしかねェと思ってた……だが、センリは本当にうちはの事を大事に思ってる。あいつは多分…この先どんな事があろうと、絶対うちはを見捨てない。現に、一度なくなりそうになった希望を…お前を生き返らせてくれた」


結局のところ、マダラの意思を動かしたのは絶望でも戦うための力でもない。ただ、センリの心だった。


「センリは今日、普段なら絶対しないような事をしてまで……あのバカ正直で、人を疑う事を知らないようなセンリが、己を押し殺してまで協定を結ぶ事を望んだ。ただ戦争をなくしたいというその思いだけで。一族の存亡がかかっているからこそ、センリはあそこまで自分を押し殺して何とかして俺達に腑を見せようとしていたんだろう」

少々苦い顔で笑うマダラ。自分自身に対して、少し呆れていた。


「それに…あいつは俺たちがガキの頃から、どうにか戦争を失くしたがっていた。今回、うちはと千手が協定を結ぶ事で、それは恐らく可能になるだろう。時期的に見ても、今が最適だろう」

「でも、ボクたちの感情はどうなるの?殺された仲間の無念は?」


まるで子どもの時に戻ったように、イズナが再び問いかけた。マダラは先程よりも困ったような表情をしたが、弟が言いたい事は、きちんと分かっていた。
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