- ナノ -

-見せ合えたハラワタ-



「っ……センリ…!(お前は休戦協定を結び、戦を終わらせたかったんじゃないのか…!?)」


さほどセンリは首をつかむその手に力を入れてはいなかったが喉を圧迫するくらいの圧力はあった。柱間が眉をしかめてセンリを見上げる。今までセンリを見て来て、こんな事をするなんて、本当に何を考えているのかわからなかった。


『柱間、私たちは休戦協定を結ぶ』


唐突に、その場の流れからは想像出来なかった言葉がセンリの口から紡がれた。マダラとイズナは驚いてセンリを見つめる。


『だけど、条件がある』


センリは言葉を続けた。柱間を見下ろす目は冷たい。扉間が息を呑む。


『今ここで、柱間………あなたを殺す』


柱間が動揺して目を見張る。しかしセンリは冗談を言っているようには見えなかった。センリの声も瞳も、誰も見たことがないくらいに鋭く、刺すように冷たかった。人を殺す時の人間の眼だった。


「貴様…!」


扉間がついに動きを見せた。その瞬間、扉間が動こうとするのに筋肉を動かそうとするのと、体の異変を察知するのはほぼ同時だった。


「…………!?」

扉間が気付いて飛び退こうとしたが、足が地面に張り付き動かない。驚いて自身の足を見ると太腿まで氷漬けになっていた。センリの術だ。こうなるともう身動きは取れない。


『動かないでって、言ったでしょう』


扉間はセンリの横顔を見て、唾を飲んだ。印も結ばず、視線すら寄越していない。


「…っ!」


扉間は動けなかった。センリの放つ殺気で、背筋が凍った。内蔵が押し潰されているようだ。呼吸が乱れそうになるのを必死で抑える。殺される……直感的に脳がそう思うくらい、恐ろしい威圧感だった。


「……」


マダラはセンリらしくないその行動にただ驚きを隠せなかった。長く一緒にいたが、初めて見るセンリだ。突然センリが知らない、遠い存在のように感じた。センリは扉間が動かないことを確認するとゆっくりと目を柱間に戻す。


『柱間、あなたが今ここで私に殺されれば、協定を結ぶ。協定を結ぶ唯一の条件は…あなたが死ぬことよ』


センリは再びクナイを柱間の首元に突き付けた。柱間は動かない。イズナは固唾を飲んだ。皆、そこにいるのが本当にセンリなのか、それとも違う誰かなのかと分からなくなりつつあった。


「センリ」

柱間が声を発するのでセンリはそれをじっと見下ろす。柱間もセンリの殺気は痛いほど感じていた。だがそれでも柱間の気持ちは変わらなかった。


「それで、協定を結んでくれるのなら……オレを殺す事で千手とうちはが争いをやめるのなら………そう約束するなら、喜んでオレはここでお前に殺されようぞ」


扉間が納得出来ないというように柱間を見る。しかし驚いたのは扉間だけではない。

うちは一族の者達も柱間の言葉に驚嘆し目を見張る。柱間を組み敷き、冷たい目でクナイを突きつけられて、そして理不尽な要求を呑もうとしている、敵の一族の長。


「その為の命なら安いものぞ」


あろう事か柱間は薄く笑みを浮かべている。今センリがこんなに冷たい目をしているのかの訳も分からず。


「兄者…!」


扉間が憎々しげにセンリを見るが、センリも柱間も気にしなかった。


「それでうちは一族の者達は納得するんだな?」


柱間が確認するようにセンリに静かに問いかける。センリの首が動き、目がマダラを捉えた。


『……それでいいよね?マダラ』


まるで悪魔の囁きにも聞こえた。
抑えた声。しかしハッキリとセンリはマダラに言う。有無を言わせないような口調。マダラは自分の知らないセンリの問いかけに動揺していた。



「……」


マダラは微かに口を開き、センリを見つめた。その本意を探ろうとしたが無言のセンリの瞳は暗かった。柱間を殺す事で協定を結びそれが腑を見せる事だと考えているのだろうか?マダラは迷っていた。センリにこれ程までに恐怖を抱くとは思わなかった。

センリはこんな事をするような人間ではない。こんな結果は望んでいない。柱間を殺すことが腑を見せることだなんて全くセンリらしくない考えだった。


「(姉さん……)」


イズナは未だ言葉を発しない兄と、殺気を放つセンリとを交互に見つめた。千手兄弟に憎しみを抱いたのは確かだが、それよりイズナはセンリの行動の不可解さの方が衝撃的だった。

何も言わない長の背中を他の者達も黙って見つめた。


『……無言は肯定。交渉成立ね』


センリは再び柱間に冷ややかな視線を戻す。柱間の額には汗が滲んでいた。


『柱間、最期に何か言いたいことはある?』


冷酷なセンリの表情。それを見上げて最期くらいセンリのとびきりの笑顔を見たかった等という思いがふと柱間の脳裏をよぎった。


「クソッ…兄者、本当にそれでいいのか!」


滑稽とも見れる扉間がもがきながら叫んだ。


「扉間、帰ったら皆に伝えろ。オレが死んでも協定はうちは一族との間にある。今後うちはと千手は争うことを許さぬ。皆に誓わせてくれ。頼んだぞ」


柱間は本気だった。一番信頼している弟に全てを託した。そして柱間は反対側に目を移す。組み敷かれた柱間の目線の先には未だに動かずにいるマダラの姿。


「マダラ。昔、オレ達は約束した。オレが死んでもそれを糧としてお前はこれからも……」


センリはクナイを両手で持ち上にあげ、振りかざす。センリはマダラを見ない。柱間は次にくる衝撃に目を閉じた。その目から一筋涙がこぼれ落ちた。

一瞬のはずなのに、マダラの頭に走馬灯のように記憶が駆け巡った。



「名は柱間。姓は訳あって言えんぞ」


「弟が……死んだ…」


「ここへ来るのは…川を見てると心の中のモヤモヤが流されていく気がするからだ…」


「腸を見せ合う事は出来ねーだろうか…」


「分かった!…ここにオレ達の集落を作ろう!」


「その集落は子供が殺し合わなくていいようにする!子供がちゃんと強く大きくなるための訓練する学校を作る!個人の能力や力に合わせて任務を選べる!そんでもって……」


「ああ……悪くねえ。その集落をつくったら弟を……一望できるここからしっかり見守ってやる」


『よーし、じゃあ私はその二人をさらに上から見守っててやるー!』


「おい、センリ!落ちるだろーが!」

「センリ、子どもをそうやってたぶらかすのは良くないぞ!」



三人で語った夢。戦いを終わらせる方法があるのか願掛けしていた幼い日々。

柱間はその夢を実現しようとしていた。センリは自分たちを守ると言ってくれた。

その柱間は今人生を終わらせようとし、そしてセンリは柱間の命を終わらせようとしている。

同じ事を描いていた柱間。

やさしかったセンリ。


唯一の友。


最愛の人。


あの時の自分が投げた石は、確かに向こう岸に届いた。


ならば、自分のすべき事は−−……。

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