- ナノ -

-揺れる復讐心-



一週間は瞬く間に過ぎている気がした。
センリはやる事があると言ってマダラとイズナにかくれてなにやらコソコソやっていたが、特に危険性もなさそうだし、容認していた。


センリはうちは一族の皆にも、一週間後のその日は出来れば手出しせずに見ていて欲しいと願い伝え、しぶしぶではあったがセンリとマダラの言うことなら、と了承を得た。


その一週間は緊張感はあったが、皆センリが何をするつもりなのか気になって仕方ないようだった。



センリもマダラも、もちろん一族の者達も休戦協定の事だけを考えて過ごしていた。何よりこの時代を終わらせるかどうかが一週間後の選択にかかっているのだ。頭から切り離すことなどできなかった。マダラにもその事が分かっていたから一週間、センリには文句は言わずに様子を見守っていた。


イズナを含めば複数の武闘派の者達はまだ少し休戦協定に抵抗しているようなところもあったが、このまま戦い続けても無意味な事は頭のどこかで分かっているようだった。


うちは一族と千手一族が手を組む事は、センリの中で兄弟喧嘩の仲直りを指していた。

インドラとアシュラのときに成し遂げられなかった事。今こそそれを実行する時だと思うとセンリは決意を固められた。


この休戦協定を無事に結ぶ事は仲直りすることの第一歩。これが出来なければその先も進むことは無い。痛いほど分かっていた。


千手柱間がうちは一族に参る予定が目前に迫った前日。センリは細い三日月を縁側から眺めながら長く息を吐いた。


「どうした」


部屋の障子を開ける音がして、それから少し遅れてマダラの声がする。センリが振り返れば、着流しの袖に手を突っ込んだマダラの姿。センリに近付くとふわっと羽織をその背中にかけた。センリはお礼を言って手で羽織を握る。


『今日は三日月だなって』


この世界で幾度となく見てきた大きな三日月。センリの元いた世界では月にはウサギがいるとはよく言ったが、この世界の月にも“兔の女神”が封印されているなんて何という偶然か。センリは輝くそれを見上げながらふと考えていた。


「センリ、もしも俺が休戦協定を結ばない、と言ったらどうする?」


隣に並びながら突然突拍子もないことを言われたのでセンリはちょっと驚いたようにマダラを見上げる。マダラは月を見上げたままで長く癖のある髪がゆらりと揺れた。綺麗だな、などと思いながらセンリはマダラにそっと微笑む。


『マダラはそんな事言わない』

「何を根拠のない事を」


吐き捨てるようにマダラが笑う。センリはいつもそうだ。何の根拠もない、ただ心で人を信頼するという気持ちでそう言うのだ。


『信じる気持ちに道理なんて必要ないよ』


事も無げにセンリが言い放つ。心からの言葉だった。


『マダラは明日のことを私に任せてくれたでしょ?それは私のことを信じてるってことじゃない!私はそれがすっごく嬉しいよ!』


にっこりしてセンリが言う。この表情に昔からマダラは弱かった。自分を全力で信頼している、見ている方が目を閉じそうになるくらい、眩しい笑顔だ。マダラはセンリの笑顔から目を逸らし月をまた見上げたが、嫌な気分ではなかった。


「この世の全てにおいて…光が当たるところには必ず影がある。勝者が存在すればまた、敗者も存在する…――」


ふと、呟くように、小さな声でマダラが言った。センリはマダラの横顔を見て瞬きをし、また微笑んだ。センリは何となく、マダラの不安を感じ取っていた。


『でもさ、影はとっても役に立つよ。影の下は涼しいもん!特に夏の暑い日とかはさ!』

今度はマダラが目を瞬かせる番だった。センリの言葉は、いつもマダラの考えの想定外のものだからだ。


『影があったらダメだなんて誰が決めたの?勝った方が良くて負けた方が悪いだなんて、誰が言ったの?勝った人がいたって、負けがあったって、別にそれでいいじゃない!それに私だって、たまには日影に入って休みたいなあって思うこと、あるもん』


センリの言葉は、いつもどこか可笑しかった。偽善的で、綺麗事で、それなのに、なんの抵抗もなく、すうっとマダラの心に落ちてくる。不思議な感覚だった。マダラは困ったように、少しだけ眉を下げた。


「お前は、本当におかしな奴だな。お前は憎しみを……この世に蔓延る強い憎悪を、断ち切る事が出来ると…そう、思っているのか?」

『そんなの分かんないよ』


今度はマダラは眉を寄せた。『出来る!』とセンリが言うと思っていたからだ。しかし、センリの表情は柔らかだ。


『確かに、憎しみがぜんぶなくなれば、今よりも平和になるかもしれない。でも、私は……私は、“愛だけの世界”が正解だとは思わない』

「そうすれば、戦いがなくなるのに?」


そう問いかけてくるマダラが、センリの目には、子どもの時の姿とまるきり重なり、思わず背中に手を伸ばした。幼い頃のマダラが、どこか危うい考えをセンリに吐露する時には、こうしてそっと身体に触れたものだ。どんな考えだとしても、マダラの感情を受け止めたかったし、自分の気持ちも伝えたかった。


『私はね…――どうしようもないくらい辛い事を経験した後にまた“立ち上がる”って事が、とっても大切だと思うんだ。憎しみや悔しさを感じたら、絶対に俯いて座り込んでしまうと思う。もし大切ななにかを失ったとしたら、進むべき道が見えなくなってしまうと思うから…
でも、何年かかったとしても、必ず前を向く事が大事なんだと思う。だって、“前を向いた”からこそ私は、うちは一族にも……それからマダラにも、出会えたんだよ』


センリの口調は、心地の良い春風のようだった。辺りは暗く、夜風など吹いてすらいないのに。あたたかく優しく、マダラの頬を撫でていく。なによりも心から慈愛の眼差しを向けるセンリが、絵画のように美しかった。


『マダラは今、憎しみを断ち切ろうとしてくれてる。気付いてくれている。私の考えを、受け止めようとしてくれている。私はそれがね、本当に嬉しいの』


言葉に表しようのない気持ちだった。心を見透かされているような、それでいて包み込んでくれているような。マダラは、センリがすぐ側に存在しているこの空間が、愛おしく感じていた。


「(俺も、堕ちたもんだな…)」


一人の人間の表情にこんなにも心を奪われ、そして自分では決して至らないだろう思想に、こんなにも簡単に浸る。マダラ自身想像もしていなかった事なのに、それが案外心地よいのはやはりおかしな気分だった。


「姉さん、お風呂上がったよ」


するとマダラが出てきた障子から今度はイズナが顔を覗かせる。ほのかに髪が濡れていていて先ほど風呂から上がったようだ。センリに風呂を促す。


『分かりました、じゃあ入ります!』


普通に生活できるほどまでになったイズナを少し嬉しく思いながらセンリは元気よく返事をした。イズナもマダラも笑った。


明日のためにセンリは風呂を出て早々に眠りについた。

[ 103/125 ]

[← ] [ →]


back