木ノ葉隠れ確立期、発展期編
-うちはイタチの独白-
『大丈夫!?』
突然、地獄の場所には似合わない凛とした、綺麗な声が響いてオレは周りを見回した。
『しっかりして』
長い銀髪の女性が、血まみれの忍を一人、助け起こしている。自分の服が汚れるのも気にせず、その忍の汚れた顔を袖でやさしく拭っていた。こちらには気付いていないようだった。忍だけを心配そうに、見つめていた。
「み、水……」
『分かった、水だね。ほら、飲んで』
女性は忍の口元に手を少し丸めて寄せて、それをそっと動かした。水遁を使って水を出現させたんだとすぐに分かったけど、何故そんな事をしているのかが、オレは分からなかった。
その忍の男はもう助からない。
それくらいオレにも分かる。
なのにセンリ様は、どう見てもこれから死ぬだけのその男に、やさしく笑いかけていた。オレや母さんに笑いかける時の、その時の表情と何ら変わりない。いつもの、センリ様だった。
不思議な光景だった。
だって、センリ様が助けている忍は、岩隠れの額当てをしていたから。オレたち木ノ葉隠れの里にとっての、敵なのに。
「あり、がとう……」
『大丈夫だよ』
恐らく目も見えなくなっていただろうその忍は、センリ様を自分の里の忍だと勘違いしたのだろう。弱々しく礼を言うと、センリ様の腕の中で突然ぐったりしてガクッと頭を下げた。
ああ、死んだんだ。
すぐにそれが分かって、オレは自分が気持ち悪くなった。
『お疲れさま…よく、頑張ったね』
センリ様は力尽きた忍をじっと見つめて、まるで小さな子どもに労りの言葉をかけるように、優しく呟いた。それからその人を地面にそっと、丁寧に横たわらせて、立ち上がった。センリ様の綺麗な髪の間から、少しだけ横顔が見えた。ひどく、哀しそうだった。
センリ様が死んだ忍の胸の上に手をかざすと、真っ白な蘭の花が現れた。
「……」
オレはその光景から目を離せなかった。
あれだけ降り続いていた雨が嘘のように止んで、灰色の雲の間から太陽がゆっくりと現れ、光がふり注いだ。その光が、センリ様を照らしていた。
綺麗だった。
その空間のすべてが、綺麗だと思った。
血だらけのしかばねが辺りに転がっていて、そのどれもが苦悶の表情だった。確かにオレは地獄だと感じた。なのに……それなのにそこだけが、不思議なくらい輝いて見えた。
センリ様の髪から滴る雨水が地面を濡らしていた。その瞬間オレは初めて我に返った。
「女神………」
一度に色々なものを見たせいで、オレの頭の中はぐちゃぐちゃだったのに、その言葉だけがはっきりと思い浮かんだ。
この人は神様なんじゃないかと、頭のかたすみで思っていた。
闇がある所には必ず光がある。
世界の真っ暗な闇の部分と、それを照らす一筋の光とを、オレは、その日一度に知ることになった。
この先あの光景を忘れることは、絶対にないと思う。
[ 119/169 ][← ] [ →]
back