木ノ葉隠れ確立期、発展期編
-うちはイタチの独白-
自分がこれから生きていく世界がどれだけ残酷なのか知った時、オレの周りはしかばねだらけだった。
となりに立っている父以外に、オレの視界には生きている人間は見当たらなかった。
土砂降りの雨が体をぬらして、髪から流れ落ちる雨水と共にオレは父に気付かれないように涙を流していた。
怖かったわけじゃない。悲しくもなかった。
ただ、絶望した。
なにに、と言われたら答えようがなかったけれど、何百という死体を前に、“何も出来ない”という自分の無力さが雨のように身に降り注いで、じわじわと、染みた。
「お前もあと数年で忍になる。戦争が終わっても、忍の現実が変わるわけではない。お前が足を踏み入れるの世界は、こういう世界だ」
父の声がやけに遠くの方から聞こえた気がしたけど、多分雨のせいだ。
ぞっとするほど静かな父の声と、ばらばら、と雨が死体や地面に当たる音が混じりあって不協和音のように鼓膜に流れ込み、オレは一瞬気持ちが悪くなった。
人間の死体を見たのは初めてではなかったけれど、目の前に横たわる人物が、もう、話す事も息をする事も動く事もないのだと思うと、突然それがわけのわからない壊れた人形のようにも見えた。
つい先程までは、きっと生きていたはずだ。一体この人達は、最期に何を考えていたのだろうか?何を思って、何の為に戦って、そして死んだのだろうか?一体父はこの光景をオレに見せて、何を言いたいのだろうか?何を伝えたいのか?
「どうしてこんなところに」、とオレが問いかけると、父は頭を撫でた。父の目は、優しかった。
「お前は聡い子だ。だから、この現実を見せておきたかった」
それでもまだ何で、だとかどうして、だとか疑問だけがオレの心にあったけれど、何となく父が言おうとしている事の意味はわかった気がした。オレは父の目を見上げて、その意図を探るように見つめてみた。父がいつもオレに向ける、期待と安堵と憂いとが入り交じったような視線だ。
「これが、オレの生きる世界…」
「そうだイタチ。忍とは戦ういきものだ。今日、見た光景を、決して忘れるなよ」
そんな事を言われなくても、地獄絵図は勝手にオレの目に焼き付いてはなれなかった。
忍の世界の残酷さを身に染みて感じた。
父の去りゆく背中を見て、追わなければと立ち上がった時、土砂降りの雨が少しひくのを感じて、空を見上げた。一面灰色の雲だ。
「…」
淀んだ空から目を背け、ぬかるんだ地面から靴を引き抜き、一歩踏み出した瞬間だった。
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