木ノ葉隠れ確立期、発展期編
-ミトの最期、忘れられた記憶-
マダラは屋敷のベッドに衰弱したミトを運び背中から降ろし、センリはすぐにその脇に回る。
『ミト、大丈夫…?』
センリが問い掛けると、閉じられていたミトの目が薄く開き、首が縦に動いた。か細いが、呼吸もまだある。
「尾獣を抜かれると……ここまで弱るものなのね……」
「普通なら即死だがな」
ミトの声はまだハッキリと聞こえる程で、マダラの言葉にも口角を上げて笑う余裕があったが、その衰弱具合は目に見えて分かった。
「私も…長生きしたもの、だわ……本来なら、息子と、孫を差し置いて…生きるべきでは、なかったかもしれない、けれど……」
ミトが弱々しく笑う。その笑みにどんな切ない思いが込められているのか、マダラにもセンリにもよく分かっていた。
センリはそっとミトの手を取った。細く、頼りない手だ。
「浅葱も……縄樹も……とても心の優しい子だった……」
『そうだね。柱間とミトの、いいとこどりだったよ』
ミトは目線だけをセンリにやり、安堵したような表情を見せた。
『私はね、ミト……勝手な事を言うけど、ミトがここまで生きてきてくれて、本当に良かったと思ってるよ』
「センリ……」
『私はあなたに会えて、友だちになれて、とってもとっても嬉しかった…。綱手は、大丈夫。あの子は必ずまた、この里に帰ってくる。必ず』
ミトは、それがセンリの心からの言葉なのだと、本心なのだと感じ取っていた。そしてその言葉が、ミト自身を、どうしようもなく安心させた。
「クシナは……きっと、大丈夫…何度も、話をしましたから……」
『うん、知ってるよ。クシナはミトの事が好きだって言ってたもの。“人柱力でも幸せになれる”って教えて貰った、って』
「ええ……本当に、その通りです……。それにあの子の側には…あなた達がいてくれ、るから……」
ミトはベッドの脇に立つマダラを見上げてふふ、と小さく笑った。
「あの子は…あなたの事をとても慕っているみたいですね……マダラ、あの子を気にかけてくれて…ありがとう……」
「礼には及ばん。別にあいつを案じている訳ではない。他者が関与せずともあのじゃじゃ馬は、生きていけるだろうからな。卑怯者はどう屈服させるのか、方法を少し教えてやっただけだ」
マダラは腕組みしながら少しニヤッとした。今やその笑みに含まれた小さな優しさを読み取れるようになったミトは、つられて微笑んだ。
「マダラ…あなたにはお礼を、言わなければなりません、ね………柱間の夢を叶えてくれて…支えてくれて……柱間も、きっと喜んでいるはずですから…」
「そんな事は当然至極だ。それに柱間の夢は今でも続いている。枯れること無く、この里に根付いている。安心しろ」
マダラはいつも通りの口調だったがその言葉にミトは安心したような表情を見せた。
「…もっと柱間の………あなた達の、力に…なりたかった……」
最期だと悟っているからか、ミトの口からほろりと後悔が零れた。センリはミトの手を優しく握りしめる。
「柱間は、あんなだったが……いつもお前に心から感謝していた。嬉しげに自慢していた…よく出来た、自分には勿体ないくらいの妻だとな」
マダラの言葉を聞いて、ミトは少し迷ったように目線を動かした後、また笑みを浮かべた。
「あなた達は本当に…仲が良かったから……私は少しやきもちを焼いていたのかも、しれない……」
「それは奇遇だな。俺も、お前とセンリを見ていて同じ事を思っていた」
いつも通りのマダラに、ミトは可笑しそうに目を細め、センリと共に苦笑した。
「柱間に会ったら言っておけ。「俺はまだまだそちらには行かん。賭博でもして待ってろ」、とな」
マダラは今度はしっかりとした口調で言い放つ。ミトは嬉しげに、小さく頷いた。
「やっぱり…あなたは、優しい人ですね……」
「馬鹿言うな。お前がクシナに余計な事を言うから、俺が稽古をつける羽目になったんだぞ」
マダラが眉根を寄せてしかめっ面になり、顎を少しだけクイ、と動かした。親しい人間に見せる顔だ。
ミトとセンリは目を見合せて、まるで数十年前に戻ったように、笑い合った。
そしてミトは少し目線を下げて、自分の手を握り締めているセンリを見た。
「センリ……私は本当に幸せでした………愛する人の為に尽くせて……あなたのような友が出来て…こうして見守られながら死ねる………柱間に、怒られてしまいますね…」
センリは何度も首を横に振った。
『そんな事では怒らないよ、柱間は。とっても優しい人だもん。良かったなって言ってくれるよ』
「そう、ですね………」
ミトの呼吸がだんだんと弱くなっていき、それに合わせて瞬きと口調もゆっくりになっていく。
「あなたに……いつも…助けられた………ずっと…変わらずに……私と接してくれた……私の家族達を…大切にしてくれた…忘れずに…楽しませに来てくれた……私はそれが…とても嬉しかった………あなたの言葉の、一つ一つが…私に向けてくれる表情が……私は、すごく大好きだったんです……ありがとう、センリ…」
ミトの瞳から一筋の涙が零れ落ち、ベッドのシーツに一つ染みを作る。センリは泣きそうになるのを堪えて笑みを作り、ミトの細い手を、両手でぎゅっと優しく握り締める。
『私こそ、ミトと友だちになれて良かったよ。ミトの事がすごく大好きだし、ミトと過ごす時間がすごく楽しかった。これからも、ずっと大好きだよ。ありがとう……ゆっくり休んでね』
ミトは最後の力を振り絞り、何とか口元に笑みを浮かべ、満足したように瞳を閉じた。
『ミト、お疲れさま…』
穏やかな最期だった。
センリはそっとミトの涙を拭った。
まるで眠るように息を引き取ったミトの顔は、微かに微笑んでいた。充分に満足した人生を送ったと、そう言っているように見えた。
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