木ノ葉隠れ確立期、発展期編

-不可解な存在-



十月末、朝日が昇って間もなく、九尾襲来事件の真相を探るべく長期任務の為に里を出発するマダラは、センリに別れを告げていた。

長くかかるかもしれないという事はセンリも承知の上だった。大きな任務をマダラ一人に背負わせてしまう罪悪感と心配があったが、センリは何とか笑みを浮かべる。



『何かあったらすぐに連絡してね』

「ああ、分かっている」

『それから、これ』


センリはマダラの額当てを取り出し、手渡す。マダラはそれを上着の内ポケットにしまいこんだ。今となっては額当てを付けることはほぼ無いが、マダラはいつも大切に持ち歩いていた。他国へ行く時の身分証代わりにもなる。


『里の事は、心配しないでね』

「お前がいると分かっていればさほど心配ではない。ヒルゼンにも、部下や里の者を甘やかし過ぎるなと言い聞かせたからな…。それよりセンリ、昨日俺が言った事だけは常に注意を払え。特に――」

『わ、分かってるってば!もう百回くらい聞いたよ』


マダラの心配事が長々と始まりそうだったので、センリはそれを制して何度も頷く。


「長く里に帰らない事になるかもしれんからな……ヒルゼンや自来也によく言い聞かせてあるとはいえ、お前は隙がありすぎる。特に、知らない男には着いていくなよ……いや、顔見知りだったとしてもダメだ。とにかく…――――」

『分かってる。大丈夫だってば!マダラ以外の男の人に着いて行ったりなんかしないよ。もう…私はマダラが一番大好きなんだからって、いつも言ってるのに』


昨夜からマダラはセンリの心配ばかりしていた。センリが断言するとマダラは満足したように口元に笑みを浮かべた。


「まあ確かに…昨晩のような恥ずかしい姿は、本当に好いた人間の前でしか出来ん事だろうな、あんな―――」

センリは焦って、咄嗟にマダラの口を両手で塞ぐ。


『ななな、な、なんでそういうこと言うの!あ、あ、あれは!マダラが悪い…!』


マダラは自分の口を塞ぐセンリの腕を掴んで下ろした。昨夜の艶やかで乱れた姿が嘘のように、少女さながらに頬を染めて慌てるセンリが愛らしくて、マダラは旅立つ事に少し淋しさを感じた。


「これからしばらくは、お前に触れる事を辛抱しなければならんのだからな…本来なら何百回しても足りぬくらいだ」

だからって、写輪眼使うのはどうかと思う……!

「あの眼で見ておけば後々思い返すのに便利だからな」

『そ、そんな使い方できるの…?いっ、いや――聞かないでおこう……』

「賢明な判断だ」


マダラはセンリの肌の感触や温もりを思い出し、やはりひどく名残惜しさを感じていた。

センリは周りをキョロキョロした後、わざとらしく咳払いをしてマダラに向き直った。


『でも、ま…離れるのはちょっと寂しいけど…でも、大丈夫だよ。私達のハートは、いつでも近くにあるからね』


センリはいつもの朗らかさを取り戻し、左手をマダラの顔の前に掲げた。薬指には夫婦の証が刻まれている。相変わらず奇妙な言葉だったが、本当にその通りだと思ってマダラはふ、と微笑んだ。

明るく振舞ってはいるが、心の奥底の悲しみが完全に取り払われていないと理解していたマダラは、それを分かっていたからこそ、普段通りの何も変わらない日常の会話をセンリに聞かせていた。

そしてセンリがその悲しみを無理矢理排除する訳ではなく、自分を構成する心の一部として大切に持ち、共に生きていくようになるのだろうという少し先の未来も、不思議と想像出来ていた。後悔も不甲斐無さも、全てを無駄にすることなく、センリは必ずこの里を照らす光のまま有り続けるのだろう。



「お前の側にいる事が出来るだろうあの赤子が、羨ましい」


マダラが呟くように言った言葉を聞いて、センリは一瞬目をパチパチと瞬かせたが、すぐに優しく微笑んだ。本当に女神のような、慈愛に満ちた眼差しだった。


『二人が注ぐはずだった愛情は、必ずあの子に伝えていくから』


センリの心の在り方は、何があろうと変わらないものだった。弱き者を愛し、その愛情が必ず人を満たすと信じて疑わず、そしてそれを現実のものにしていく。マダラにとって唯一の、絶対的な存在だ。

自分の子の未来を案じて逝った二人にとっては、センリの存在がどれだけ重要になるのかという事も、マダラは重々承知だった。かつて自分や弟がそうだったように、あたたかくて優しい愛に触れて育っていけるのだろう。
“センリなら”、という安堵感と、“センリが”という羨望感情がマダラの心の中で交じりあっていた。


「……そう考えるとやはり少し、妬ましいな」

『えっ?』

「お前の愛を直に受けられるという事が」


マダラが生真面目にそう言うのでセンリはふっと表情を和らげた。マダラが自分を気遣って元気づけようとしてくれているのかセンリは分からなかったが、そマダラの口調は、愛を囁く時のように柔らかなものだった。



『またそんな事言って…。離れてたって、どこにいたって、何をしてたって、私はマダラを心から愛してるよ。私は、マダラが私に愛情をたくさんくれているからこそ、強くいられるんだから』


柔らかいのに、どこか意志の強さを感じる金色の瞳は、マダラにとっていつまでたっても眩しいものだった。そしてそれは、これから歩むべき道を照らす光に違いなかった。



朝日がだんだんと森の上に移動して顔を出し、微笑み合う二人を照らしていく。その時、



「…待ってくれ!」


太陽の眩しさにセンリが目を細めていると突然声がして振り返る。マダラも何事かと明るくなった里内を見る。

[ 113/169 ]

[← ] [ →]

back