木ノ葉隠れ確立期、発展期編
-九尾襲来-
クシナはまだ生きていた。
センリが血だらけの体を助け起こすと、か細い息を吐き、僅かに瞼が開く。
『クシナ…!』
焦点の合わない瞳を必死に動かして、クシナの目はセンリを捉えた。ゼイゼイとした苦しそうな呼吸音が小さく響いた。蒼白な顔だというのに、センリを見上げるクシナはほんの僅かに、微笑んだように見えた。
「センリ………ナル、トを……」
残り僅かな力を振り絞って出した声だった。センリはクシナを安心させるように、無理矢理に穏やかな表情をつくった。最期だと分かっているからこそ、クシナを安心させたかった。流れ出そうになる涙も、死ぬ気で抑え込んだ。
『うん…うん。大丈夫だから!クシナ、何も心配しないで。絶対、絶対、大丈夫だから−−』
それを聞くとクシナはホッとしたように口元に笑みを浮かべ、開かれた瞼がまた閉ざされていく。センリは力の入っていないクシナの手をギュッと握り締めた。氷のように冷たかった。
センリの視界のクシナの顔が涙で歪むのが、分かった。センリはもう、悲しみを抑える事が出来なかった。自分の無力さが胸を突いて、痛みを感じる程だった。
『っ』
嗚咽が漏れないよう、悲しみがクシナに伝わらないよう、必死で堪えてセンリはクシナの手を握る手に力を入れた。クシナの手がセンリの手を握り返す事はなかった。
ヒルゼンはミナトの腕を取り脈を測ったが、フガクを見上げて首を横に振った。フガクはミナトの遺体から目を逸らし、拳を握り締めた。
センリは儀式用の台座に置かれた小さな赤子を視界に捉えた。生まれてくる事に全ての力を使い切った赤子は、スヤスヤと安らかに眠っている。
センリは静かにクシナの体を放し、赤子に近付き、小さな身体をそっと腕に抱いた。嘘のように、あたたかかった。
『っ……』
その瞬間に堪、えきれなかった涙が流れ落ちて、赤子を包む布を濡らした。様々な感情がセンリの中で入り交じり、ぐちゃぐちゃだった。
それでも確かに、生命の重さだけは感じた。
ミナトとクシナが命懸けで守った、唯一の命は、センリの腕の中で確かな生の鼓動を刻んでいた。
か弱い身体が壊れないように腕に力を入れ、センリは心に誓った。
『立派になった所を、見せてあげるから……絶対に………』
新しい命がこの世に生まれ落ちたその日に、里を守った英雄が死んだ。
木ノ葉隠れの長い歴史に刻まれる、大きな出来事だった。
[ 102/169 ][← ] [ →]
back