- ナノ -


木ノ葉隠れ確立期、発展期編

-四尾の暴走、そして終戦-



「……お前は本当に、狡い奴だ。人たらしめ」

『な、なんで…?』

「……説教はまたの機会に見送るか」

『…でもまたする気なんだ……』



耳元で聞こえる穏やかな声で、マダラにはもうその気がないと分かっていたが、それでもどこか厳しい言葉にセンリは苦笑した。
マダラはセンリの腰に回した手に、少しだけ力を入れた。久しぶりのあたたかな、安心する温度に包まれて、心から落ち着きを感じていた。



「……お前が戦って負ける事などないとは分かっているが…それでも、心配だ。お前を失うのが怖い」


マダラの小さな声が、少しだけ揺れた事に気付いて、センリはそっと離れてその顔を見た。マダラの長い前髪を耳にかけると、マダラはやはり、憂わしげな表情をしていた。
センリだけに見せる、ほんの僅かな弱味だ。



『マダラ、全然そんな事思ってなさそうなのに。“死神”でも、怖い事があるんだ』


子どもの頃から変わらないその目を見て、センリは少し微笑んだ。いつも通りに余裕のある、どこか母親のような態度に戻ったセンリに気づいて、マダラは唇を少しムッとさせた。



「俺にとっての神はお前だけだ。お前が生きているからこそ、俺も生きている。お前が居なくなったら―――」

『……いなくなったら?』

「――――第四次忍界大戦だ」

『ええっ、なにそれっ』



マダラは相変わらず真剣な眼差しだったが、センリは眉を下げて表情を緩めた。マダラが本気で言っている訳ではないと、分かっていたからだ。



『も〜マダラってば、世界を壊す気?』

「お前がいない世界など、俺にとっては何の意味もない。お前が殺されたとしたら、そいつを殺して俺も死んで、それで終わりだ。その他の奴は、どうでもいい――人間誰でも、光がなければ生きていけんだろう?」

『考え方がコワイ!狂気の沙汰だ!』

「いや、十分正気だ。俺は死神なのだから、それくらいするのは当然だ」


何がおかしいんだというようなマダラの顔を見て、センリはふんわりと穏やかに微笑み、その頬を両手で包んだ。



『もぅ、マダラってば……マダラは、そんな事しないよ!』

「………なぜお前が決めるんだ。するかもしれんだろう」


納得行かなそうな、不思議そうな目をするマダラを、センリは真っ直ぐに見つめた。



『もし私が死んだとしても…マダラは、そんな事しない』


センリの、自分自身でも気付かぬような頭の隅の方で、かつてのインドラの姿がふと思い出された。センリを愛するが故に闇に走ったその魂を、今度は真正面から見つめて、語りかけて、手を繋いで、離れないように――そういうふうに、センリは、全てをそっと受け止めたかった。



『マダラは、私が大好きなこの世界を、壊したりなんてしないよ。絶対に。私がいなくなったとしても、この世界を、この先の未来を…守ってくれるって、信じてる』


マダラは一瞬黒い瞳を揺らした。曇りのない美しい金色の瞳が、心の奥底まであたたかく照らしていた。
首を横に振ってしまいたい気持ちもほんの少しだけあるのに、それでもやはり、センリの愛情を心いっぱいに受け取りたかった。



「やはり………お前は、狡い」

『えーっ、そんな事ないよ!だってマダラは、この世界でいちばんの私の理解者だって思ってるもん。私がやりたい事、思ってる事、見たい事…全部、分かってくれてるでしょう?』

「……そういう所だ」



いじけたようなマダラの声を聞いて、センリは鈴の音のような笑い声を上げた。そしてマダラの首に手を回し、再びぎゅうっと抱き締めた。



『ふふふっ――私、マダラの事が大好きだよ!』

「知っている」

『たまに意地悪言う時もあるけどね!優しくて強くてかっこよくて…いつでも私の心を守ろうとしてくれる、弱さを受け止めてくれる……そういうところが大大大大、大好き』

「ハァ……これ以上俺を、お前無しじゃ生きていけんようにしてどうする……」



マダラの諦めたような、もうお手上げだというような長いため息が、すぐ近くから聞こえた。センリはそれが心から愛おしく、黒く長い髪に顔を埋めた。マダラはセンリの背に手を回し、優しく抱き締め返した。



『マダラは、優しい死神さんだね』

「そんな事はない。お前は特別だ。それに、俺が死神だというなら…人々の生死を決めるのは俺なのだから、お前がいつ死ぬかだって、俺が決める」

『え〜っ、そうなの?でも私は不老不死だから、殺そうとしても死なないよ?』

「なら魂を奪う必要はないな。俺と共に永久に生きる以外、選択肢はない」

『ふふ……でもマダラは、死神なんかじゃないよ。私の大切な大切な…旦那さんだよ』

「……センリ、お前が愛い奴だという事は分かったが…あまりそうしていると、また風呂に入らなければならなくなるぞ」

『いいの、もうちょっとだけ……』



本当なら説教ではなく、何時間でも愛し合いたかったが、さすがにマダラ自身も風呂には入りたかったし、血の匂いをセンリに移したくなかった。
しかし、細い腰に手のひらを当てて少し押してみてもセンリは動かない。マダラは愛おしさから出るため息をひとつ吐き、センリの言葉に甘えてそのあたたかい温もりに浸っていた。



今回の戦争はほぼ確実に、終わりを迎えるだろう。

戦いを好んでいるとはいえ、センリが傷付くような状態を続けるのは些か忌々しい。マダラはまた訪れるであろう日常に思いを巡らせながら、しばらく愛おしい存在を確かめるように、その腕に抱いていた。
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