木ノ葉隠れ確立期、発展期編

-四尾の暴走、そして終戦-



センリは微笑んだ。



『―――孫』


人柱力の、獣のような唸り声に消されないようにハッキリと、センリは名前を呼んだ。



『大丈夫。あなたに、攻撃する気なんかない――さあ、帰ろう―――』


センリが人柱力に向かってそっと右手を差し出す。



『だいじょう、―――――!』

「グアァァ!」


しかしその時、攻撃されると勘違いしたのか、人柱力の腕が素早く動いた。



『―――っ――』


ヒュンッ、という風を切る音が響いたと思うと、次の瞬間には差し出したセンリの右腕が吹き飛んでいた。肉が剥がれるような嫌な音が聞こえ、飛んでいったセンリの腕が少し離れた木の幹に叩きつけられ、地面に落ちた。

少し遅れて酷い痛みがセンリの全身を駆け抜けた。ボタボタと、切断された腕から鮮血が流れ出る。すぐにチャクラを集中させて止血するが、痛みと出血とでセンリは一瞬ふらついた。
だがセンリは、微笑んだままだった。



『そうか―――孫、そうだよね……間違っちゃったな。こう、だよね』


センリは優しく語りかけ、今度は左手を握り、拳のまま人柱力の前にそうっと出した。よく尾獣達とやっていた、拳と拳を付き合わせる合図だ。

背後にいるマダラは唇を噛み締めたが、無理矢理センリを止める事はしなかった。



『孫』


センリはにっこりした。
怒っているわけでもなく、恐れているわけでもなく、ただ、尾獣の名前を呼ぶセンリの穏やかな声を聞いて、優しい瞳を見て、人柱力の唸り声が突然ぴたりと止んだ。

センリはすぐに孫悟空の暴走したチャクラが静まっていくのを感じた。



『大丈夫!』


静かになった人柱力は、センリの前でじーっと身体を動かさなかったが、数秒後、ゆっくりとその前足をセンリに向かって伸ばした。



『ほら、ね』


攻撃するわけではなく、センリと人柱力は、拳と拳をそっと付き合わせていた。人柱力が、自分の意思でそうしたのかは分からない。人柱力の中の孫悟空のほんの僅かな理性がそうさせたのではないかと、センリは思っていた。



「尾獣の力が…弱まっていっている―――」


ミナトは誰に言うでもなく呟いた。辺りを覆い尽くしていたおぞましいチャクラの感じが、少しずつ和らいでいる。



「一体――どういう事だ?」


雲隠れの忍の一人が、突然呼吸を吹き返したように言った。隣にいる忍は先程からじーっとセンリの様子を凝視していた。周囲に敵国の忍達がいる事を忘れてしまっているようだ。



センリは人柱力の力の放出が止まり、暴走が抑えられた事を確認し、拳を開いて赤黒い手をそっと握った。もう尾獣化した人柱力が攻撃をする事はなかった。



『もう大丈夫』



本当にその通りだった。人柱力を纏っていた赤黒いチャクラの塊が徐々に消え去り、ついには本来の人間の姿になった。赤髪の、四十代程の小柄な男だ。

完全に人間の姿になると、その男はふっと目を閉じ、その場に倒れ込んだ。



『おっ、と』



センリはそれを左手で受け止め、そっと地面に寝かせた。随分と長い間暴走していたようだ。忍自身のチャクラがほとんど吸い取られてしまっている。

それと同時にマダラの瞳に、目の前の結界が消え去るのが見えた。マダラは他の忍達には目もくれず、センリに近付いた。



「センリ、」

『大丈夫、しっかり呼吸してるから』



センリは耳を男の心臓に当てながら微笑んだ。マダラが聞きたかったのは男の生死などではなかったが、センリの嬉しそうな表情を見て、何も言い返さずに小さく頷いた。ちぎれた腕が痛々しいが、センリはそんな素振りは一切見せなかった。



『孫―――って事は、この人は岩隠れの…?』

センリは立ち上がって辺りを見回し、岩隠れの忍がいないかどうかを確かめた。



『マダラ、岩隠れの人は、いた?』

「いや、俺とミナトがここに来た時、周りには砂隠れと―――雲隠れの奴らしかいなかった」


確かにそのようで、木々の間に隠れるようにしているのは砂隠れ忍だ。そして木ノ葉隠れの忍達と、ミナトとマダラの背後にいた、雲隠れの小隊ひとつ。センリは周囲からマダラへと視線を移す。その間にミナトもセンリの元へと駆け寄った。



『一体何があったの?』

「どうやら岩隠れが連れてきたこの人柱力が暴走したようだ。戦場に連れてきて戦力にでもしようと思ったのだろう…」

「砂隠れと雲隠れの小隊に攻撃しようとしていたようです。そこに偶然通りがかった木ノ葉隠れの小隊が巻き込まれてしまったらしく―――」



ミナトが、反対側の地面に崩れ落ちるようにして座り込んでいる木ノ葉隠れの忍達数人を見やった。



『怪我人は?』

「重傷者はいないようです」


ミナトの言葉にセンリは安堵の表情を浮かべた。

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