- ナノ -


木ノ葉隠れ確立期、発展期編

-四尾の暴走、そして終戦-



『孫!』



咆哮の圧力などものともせず、センリが孫悟空の名前を呼んだ。どうにかして孫悟空の意識を取り戻さなければならないと思った。それでなければ暴走は止まらないだろう。人柱力の身体の方が持ち堪えられないかもしれない。

名前を呼ばれた孫悟空の人柱力は、相変わらず低く唸り声を上げ、四肢を地面に付いた臨戦態勢のままだ。しかしセンリは攻撃をするつもりはなかった。



『孫―――!孫、目を覚まして!』


“孫”というのが四尾の名前だということに、マダラは少し遅れて気が付いた。いつの間にか須佐能乎が消え去っている。

人柱力はセンリの事をグルグル言いながら見つめていた。



『孫悟空!』

「―――――!」


少し大きな声でセンリが言うと、人柱力は一瞬たじろいだように見えた。首を横に二度程振り、「ヴヴヴヴ…!」という苦しむような唸り声を上げている。



『これ以上あなた自身を傷付けてはいけない!――孫!』

「グ、グアアァ」


完全に人間の方の思考も乗っ取られてしまっている。乗っ取られている、というより、尾獣と人間のお互いの意識と憎悪とが混濁し合い、訳が分からなくなってしまっているように見えた。


『っ』


人柱力はまた声を上げた後、尾獣玉を作り出し、センリに向けて放った。遠くの方から忍達の悲鳴が聞こえる。



『(やっぱりこの状態の尾獣玉となると…元に戻すのが結構難しい―――)』


恐ろしい色をした尾獣玉は再びセンリの作り出した盾に消えて行ったが、センリはその強すぎる力に眉を寄せた。分裂体や光分身体も作り出し、戦争中は集落への結界術も行使してしまっている為、あまり力を使い過ぎるとそのどれかに影響してしまう。

センリは覚悟を決めたように、そっと足を踏み出した。



「!―――まさか、本当に素手でアレを止める気ですか…!?」


まるで攻撃する様子のないセンリを見てミナトが焦ったように言った。


「……」


マダラは歯を噛み締めながら無言でセンリの様子を見ているが、それは雲隠れの忍達も同じだった。まるで訳が分からないというふうにセンリを見ている。



センリが一歩、また一歩と近付いていくと、人柱力は警戒するように頭を低く下げ、唸った。



『今ここに、あなたを攻撃しようとしている人はいない。大丈夫だよ――』


センリは人柱力に向かってまるで幼子を安心させるような口調で話しかけた。



『孫――あなたが誰かを傷付けたい訳じゃないって、分かってるよ。大丈夫――』


センリは、この状態をつくりだしてしまった事の原因の一つが自分にあると思っていた。人殺しをしたい訳ではない尾獣達の気持ちを理解していたセンリは、悔恨の念にかられていた。

何十年も前、孫悟空と会話した事を、センリは今でも鮮明に覚えている。


「ま、てめーみたいな人間が一人や二人いた方がいいのかもしれねーな……。カルマの野郎も言ってる事だし、少しの間くらいはその案に乗っかってやるよ。ただ……人間達が手酷く扱うってんなら…オレは容赦はしねーぞ」


孫悟空の事だ、こんな状態になったのには何か訳があるはずだ。
センリは少しずつ、その距離を縮めていく。人柱力は唸り声を上げてはいるが、飛び掛ってくる気配はない。



『孫、大丈夫だよ。約束したでしょう?』


『ハゴロモも言ってたでしょう。きっといつの日かみんなが笑い合える日が来るって。私はそれを信じてる。誰が何と言おうと。大丈夫…今度は会える距離にいるから。もし本当に嫌な事があれば呼んでよ。そうしたら駆け付ける』



『会える距離にいるんだから、何かあったらすぐに駆け付けるって…そう約束した―――』



その場にいる誰もが身動きひとつしなかった。ただ、その光景を見つめていた。

しかしセンリがあと数メートルという距離まで近付いた時、人柱力がまた凄まじい咆哮を上げた。



『っ―――』


ビリビリとした衝撃が辺りに走り、それが見えない刃となって襲いセンリの頬と右腕に切り傷が出来る。だがセンリはどうでも良かった。



『怖いよね……自分自身を守るには、そうするしかないよね……。大丈夫だよ、攻撃なんか、したりしない。傷付けたり、しない』



ついにセンリと人柱力の距離が、手を伸ばしたら触れられる程になった。尾獣化した恐ろしいチャクラが、センリの肌の上を駆け抜けていく。だがセンリは、そこに含まれたほんの僅かな心を見逃さなかった。



『孫』


センリはその姿から目を離さず、静かにゆっくりとしゃがみ込んだ。人柱力はそれを目で追うように顔を下げる。人柱力の額には、孫悟空の角を思わせる突起が、赤黒くなって揺れている。
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