- ナノ -


木ノ葉隠れ確立期、発展期編

-ミトの最期、忘れられた記憶-



『おかえりー!』


マダラが見慣れた自宅の戸を開けると、奥からセンリの声が聞こえてきた。出迎えにこないところを見ると台所にいるようで、そこに顔を出すと予想通りにエプロン姿のセンリが、菜箸を手に微笑んでいた。


『早かったね!カルマが、うちは一族とか写輪眼とかの事を聞きたいって言ってマダラに会いに行ったんだけど……』

「先程演習場でその話をした。今までのうちはの歴史について少々尋ねられた」


マダラは普段通りの声音で話を合わせた。センリは信じきっているようで、フライパンの中の様子を見ながら相変わらず穏やかな笑顔で『そうなんだ』と言った。

マダラの頭に、先程聞いたセンリの凄惨な過去が過り、自分より幾分も小さな後ろ姿をそっと抱きしめた。この先ずっと、思い出さずにいて欲しかった。


『どうしたの?疲れた?』


マダラがそうするのは珍しくはない事なのでセンリはふふ、と笑いを零しながら問いかけた。マダラは何も言わずにセンリの胸下で自身の両手の指を絡めた。相変わらず細く柔く、あたたかい身体だった。


「……卵焼きか。珍しいな」

センリが器用に卵を巻いているのを見てふとマダラが言った。センリは楽しげに笑った。


『もうちょっと演習場にいるかなーって思って、お弁当作って私も行こうかなって考えてたとこ。今日は凄く天気いいでしょ?あったかいし!久しぶりにピクニックしようかと思って!ね、行こうよ』


子どものような純真な声音で問いかけるセンリにマダラは頷くしか無かった。その明るさの奥に、友人を失くしたばかりの悲しみの心が揺れている事も知っていたからだ。

カルマが言うように、どの世界で、どう生きたとしても必ず悲しみは付き纏う。後悔せずに生きる道など存在しない。

しかし、それでもセンリは生きている。自分が側にいる。同じ場所に立ち、同じ方向を見つめ、同じ未来を信じている。お互いが唯一の存在だ。今はそれで十分ではないかとマダラは思っていた。


前の世界でも、今も、自分以外の誰かの為に努力を惜しまないセンリが愛おしく、同時に心から心配だった。


「(いや、俺はこの存在を守ると決めたんだ…それが覆る事は断じてない……過ぎ去った記憶など、一生思い出す必要はない……。その代わりに、新たな思い出を繰り返し作っていけば良いだけだ。悲しみを上回る程の幸福な記憶を……)」


腕にギュッと力を込めるとセンリが軽やかに笑った。その笑顔だけでマダラはこの先どんな苦しいものも乗り越えて行けるような気がした。


「………お前の側にいたい。離れたくない」


自身の耳元で聞こえるマダラの静かな声にセンリは自身の子どもを見るように眉を下げたが、すぐににっこりと笑った。


『いいよ、気が済むまで離れなくて。あっ、でもナス焼く時はちょっと待っててね。すごく油が跳ねるから!』


センリは母のように注意する。センリと会話が噛み合わない事は多少なりあったので、いつものようにふ、と微笑んだ。


「馬鹿、そういう事ではない。これから先も共に生きていきたいという意味だ」


センリは少し驚き目を瞬かせたが、一度火を止めてマダラを見上げた。


『もちろんだよ!“私のこれからの時間はマダラにあげる”って、最初に言ったじゃない!』


センリはにっこりして言った。マダラはセンリと夫婦の契りを交わした時の事を思い出した。お互いこの先の未来を交換しようと誓い合った時の事だ。


『病める時も健やかなる時も、楽しい時も悲しい時も、美味しいもの食べる時も、本気の鬼ごっこする時も……ずっと一緒だよ』


センリの言葉が何故これほどまでに自身の心の奥底にすんなり入り込んでくるのか、何十年経ってもマダラは不思議だった。そしてそれがこの上なく心地よく、安心した。



『私はマダラの事が、大好きだもん!これからも、ずーっと大好きだよ』


センリの表情は、慈愛を司る女神かなにかのように、それはそれは美しかった。自分にしか見せない、特別な表情だ。

マダラは幼子の様にその特別感に浸り、センリの身体を少し強く抱き締めた。甘くて優しい、 センリの匂いがした。



「俺も…心からお前を愛している」

『ふふふっ、ありがとう、マダラ』


そんな事は当然の感情だというのに、心からの感謝の言葉を言うセンリが可笑しくなり、マダラはふっと笑った。

この絶対的な存在はやはり、神に近いのではないかと改めて確信もしたが、そんな事を考えているより、何も考えずにセンリのあたたかなぬくもりに浸っていたかった。




「あとは…風呂に入る時も一緒だな」

『そうそう、お風呂ね!……―――って、イヤ、そこは一緒じゃないでしょ!?』

「考えてみろ。毎夜共にベッドに入っているというのに、風呂が別々というのは少々おかしくないか?」

『う、うーん……?それは―――いやいや!小さい頃私が誘っても「別々だろ!」って突っぱねてたのはマダラだからね!』

「だから気が変わったと何度も言っているだろう」

『じゃあ小さい時の姿に変化して』

「なるほど……まあそれで妥協しておくか……」


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