- ナノ -


木ノ葉隠れ確立期、発展期編

-次の未来に-



その日の夜、センリはサスケの事をマダラに話していた。

『――……ってな感じでね。事件から二ヶ月経って、悲しいって感情から憎い、殺したい、に変わってるみたい。それ自体は仕方の無いことだけど……』

マダラはセンリの話を真剣な面持ちで聞き、そしてため息をついた。

「奴の感情は分からんでもない。戦国時代、俺もしょっちゅう経験してきた思いだ」

マダラは昔を思い出すように目を細めて腕を組みながら月を見上げた。センリにもその気持ちは痛い程分かっていた。分かっているからこそ「憎むな」などとは口が裂けても言えなかった。

『一体どうしてこんな事に…これじゃイズナにも怒られちゃうね…』

隣に座って月を見上げていたマダラは、ふとセンリに視線を落とした。あの夜以来センリの悲しみを見てはいなかったが、やはりマダラが思っている以上にセンリの方もショックを受けていた。

『イズナはうちは一族がだいすきで、一族を守ってほしくて、自分の眼までマダラにくれたのに…。うちはの人たちは、あんなに里のために尽くしてくれていたのに……私は、また約束を守れなかった…気付けなかった…』

センリの口からほろり、と小さな本音が転がり出た。囁くような声だったが、マダラにはしっかりと聞こえていた。
マダラはセンリの頭をそっと自身の胸に引き寄せた。そうするとセンリは決まって目頭が熱くなってしまい、必死に堪えていた。

「もちろん、犯人の事は俺とて許せん。必ず見つけださなくてはならん」

『そうだよね…マダラの方が、ずっと悲しいよね』

センリは自分自身の気持ちばかり気にしていたと、ハッとして言ったが、マダラはそうじゃないと首を横に振った。

「里ができる前の俺ならば、今のサスケと同じように憎しみだけに心を預けただろう。一族殺しの犯人を探し出すためだけに強くなろうとし、その人間を殺す為に全てを懸け、それを実現する為だけに生きようとする…一族の存続と名誉を第一に考えていた頃の俺ならば、きっとそうする筈だ」

センリは静かにマダラの言葉を聞いていた。安心する、とても良い心地の音色だった。

「しかし、今は違う。自分自身でも驚くくらいに冷静だ。いずれこういった事が起こるのではないかと、心のどこかで考えていた……。力のあるものは狙われ、危惧され…畏敬の感情が恐怖心に変わるのは必然的でもある…。ただ、これだけは言える」


センリは少しだけマダラから離れ、前髪に隠れたその顔を見上げた。確信的な瞳だった。


「うちは一族を殺したのは、この里の人間では無い」

マダラはきっぱりと言い切っていた。曇りのない表情だ。

「里の人間は、うちはの者達を慕っていた。うちはの者達が里の為に働き、尽くしていたのを知っていたからだ。そうなるよう、お前がこの二つの立場の者達を結び付けてくれていた…。畏れられる程の強さは、他者を守る事の出来る強みになる事……それをお前が里の人間達に示し、そしてうちは一族も里の人間の期待と畏怖の感情を受け入れた。

俺が知る限り、里に不信感や不満を持つうちはの者はいなかった。その逆もまた然り……。うちは一族を抹殺しようだなどと思う人間は、この里にはいないと…そう、俺は確信している。だからこそ俺は沈着でいられるのだと思っている」

『マダラ……』


うちは一族を愛していたマダラが、あの残虐な事件を聞いた折に、まるで動じていなかった事は、自分を励ますためにそうしてくれているのだと思っていた為にセンリは少し驚いた。マダラは動揺や憎悪を隠そうとしていた訳ではなく、そもそも全く取り乱していなかったのだ。


「お前がうちはに特別愛情を注いでいた事は、俺にも分かっている。だが、うちはの悲劇然り、九尾の事件然り…お前のせいで事が起きたなどということは一つもない。もちろんイズナも、そんな事でお前を責めたりはせん。お前がいた事で助かった命の方がごまんとあるのだから」

マダラの優しい励ましの言葉にセンリは少しだけ微笑んだ。後悔の言葉ばかり口にしていてもどうにもならないと、自分自身に言い聞かせる。


『いつも本当にありがとう、マダラ。私、マダラの言葉にいつも救われてるんだよ』


センリの瞳から悲しみの感情が少し消え去ったのを感じて、絹糸のような髪に指を通しながら、マダラも安堵していた。


「俺たちの心はいつでも共にある。俺は幼い頃からお前の言葉に助けられ、支えられてきた…。だが今は互いが互いにとって、無くてはならない存在だ。一人で抱え込む必要もない。お前はお前のすべき事を第一に考えていれば良い」

『うん……私は、私の心を曲げたりはしない…。今出来ることを精一杯やる。絶対に、諦めたりもしない』


マダラはセンリと目を合わせ、互いに小さく頷き合った。

「そうだ。必ず犯人達は見つけ出す…だがその為に感情の全てを憎しみに染め上げる事はあってはならん。憎悪の感情が身を滅ぼす事はよく分かっている…俺は、俺が愛した一族の想いを踏みにじるような事は絶対にしたくはないからな。それに、うちはの者はまだこの里に残っている」


センリは深く頷いた。心から同じ気持ちだったからだ。マダラの言葉がセンリの心に勇気を与えていた。


「恐らく……犯人は俺とお前を必然的に避けていたのだろう。俺たちには適わないと悟っていたに違いない。うちはを妬み、憎むような奴が俺たち二人を見逃すなど有り得んからな」

『うん……その人が一体どうしてこんな事をしたのか、絶対突き止めよう』


センリが、犯人を“殺そう”と言わないことにマダラは不思議と安心していた。センリの心からの後悔も分かっているマダラは細かく問いかけずとも、センリの感情を正確に受け取っていた。


「だが…サスケの強さへの動機が、憎しみのみになるのは避けたいところだ。波風ミナトが戦死した時、オビトもサスケと似たようなものだった。しかし……オビトはこの四年でその思いはかなり変わった。サスケも良い方向へ感情が改められることが出来ればいいが……」


マダラとセンリの懸念はその部分が大きかった。うちは一族抹殺事件に関して、元々家族や一族にそこまで固執していなかったオビトとサスケではそもそもダメージの受け方が違うのは百も承知だったが、二人が思うよりサスケは一族殺しの犯人への憎悪が大きいようだった。


『そうだね。あんな小さな子たちが辛いのは見ていてこっちも悲しいけど……マダラがいない間も私だって自分に出来ることをするから』

自分を心から信頼する強く凛々しい金色の瞳を見て、マダラは無意識に口角を上げた。


「そうだ。俺の思いを動かしたのも、お前だ。お前の言葉には不思議な力がある。悲しみを乗り越えられる強靭な精神力もな。だからこそ里にとっての重要な存在だ」

センリもつられて僅かに微笑んだ。

『私がそうあれるのはマダラのおかげだよ。今回の事だってマダラが辛いのを半分こしてくれた。だから私は前に進める』

マダラは表情を崩し、センリの頬に手を伸ばし優しく撫でた。いつまで経っても愛おしかった。


『殺されたうちはのみんな為に……精一杯やろう』

その言葉にはマダラも強く頷いた。

「勿論そうするさ。お前はこの里で次の未来を生きる者を導け。必ず、俺が謎を解く」


マダラの力強い言葉がセンリは嬉しかった。全幅の信頼を置いていたし、託したい存在だった。

マダラはセンリとの絆を確認すると、再び考えるような仕草をした。

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