本能的に頭が危ないと告げるような、危機的状況を経験する事は生きているうちで多くはない。逃げなければいけない、逆らってはいけない、殺されるかもしれない。そう本能が体に告げ、生まれつき頭の中にある行動へ駆り立てる。オレが生きている中で、そんな場面に遭遇する時は、ふたつ。
あの普段温厚な兄者が本気で殺意を放つ時。
それから〇〇が口元だけに笑みを浮かべる時。
このふたつだ。
そして今その後者に当てはまり、目の前に立つ〇〇は背筋が凍るような笑みを浮かべ、オレを見下ろしていた。目が笑っていない。この女がこの笑顔を刻む時はきまってろくな事が無い。最悪だ。
オレは何とかこの女から逃れようと腕を力の限り動かそうとするが、体の後ろに回され腰の辺りできつく縛られた腕は動きやしない。
「無駄だよ、扉間。その縄、最近やっと完成した忍捕獲用の特性の縄なんだから。刃を当てたくらいじゃ切れないし、それだと縄抜けも無理でしょ」
最悪だ。
このところ兄者が火影の仕事を怠けるのでそれを強要させながらも自身も睡眠時間を削って実務に励んでいた。ろくに眠れていなかった事と無理がたたって、油断していた。〇〇に腕をとられたと思った次の瞬間には硬い長椅子の上に尻を強打し、手は後ろで縛り上げられていた。
〇〇の言った通りで、普通の縄の感触とは明らかに違う、硬く、手首を少し動かしただけでもぎしぎしと軋み肌に食い込む。出血しているのではないかと思うくらいに痛むが、確かにこれは捕虜を捕える時には相当役に立ちそうだ。
しかしオレは捕まえられなければならない捕虜でも拷問を受けなければならない罪人でもない。何故こんな目に合わなければならんのか。
怒りを込めた目で〇〇を睨んでみるが、歪んだ笑みが更に面白そうに変わるだけだった。
「……で、これは何のつもりだ?」
「ちょっとやりたい事があってね」
オレの怒りの気さえどうとでも無いというふうに〇〇は背中に回していた手を自身の前に出す。オレの顔の前に掲げられたのは、獣の耳だった。
「…何だ、これは」
「猫耳!」
緩い円のカーブを描いた髪留めだ。しかしその円には獣の耳がついている。猫……という事はこれは猫の耳か。
「この前のお祭りの時に貰ったの」
女がつける髪留めのようだが、〇〇はそれをオレの頭に被せてきた。
「おい、やめろ」
「ちょっと、動かないでよ。大声出すよ?」
「ふざけるな。大体此処は接待室だぞ。それに少し休憩をしたら仕事に…−」
「よし!」
〇〇は聞いてもいない。こういう時は素直に〇〇の好きにさせておけばそれなりに早く事が済む。連日の疲れもあって抵抗する気も起きず、オレは長椅子に腰掛けたまま〇〇のするがままになっていた。
「うんうん、白い猫耳だからやっぱり扉間に似合うね。かわいいよ」
「……気は済んだか」
自分ではどうなっているのかは分からないが、あの髪留めを見る限り無様な姿だろう。
「これがしたかっただけなら早くこの縄を解け。こんなところ他の人間に見られたらどんな噂を流されるか分かったものではない」
「鍵かけてきたから大丈夫。それから扉間が大きな声を出さなければね」
「は?どういう………っ!?」
その言葉の意味を問い掛ける隙もなく、〇〇はオレの股間に手を伸ばし、ぐっと手に力を入れて魔羅を握ってきた。咄嗟に出そうになった声を何とか抑え、一体何をするのかと〇〇を睨む。
「大きな声出しちゃだめだよ」
「ならその手を退かせ」
「それは無理」
〇〇は座ったオレの前に膝をつき、幼子の頭を撫でるように極めて緩やかに手のひらを動かす。蹴り飛ばしてやろうかと思ったが、腐っても〇〇は恋人だ。組手をしているわけでもないのに好いた女に蹴りを入れるという事を躊躇ってしまうオレは意気地がないのか。
クソッ。〇〇でなければこんな事は許せない。
里を訪問した客人をもてなすための部屋で、オレは恋人に捕えられて魔羅を触られている。何なんだ本当に…疲労で頭が上手く回らなくなりそうだ。
「……大きくなっちゃったね」
「貴様のせいだろう」
「ふーん、そんな事言っちゃうんだ……」
〇〇は納得いかないというようにじとっとオレを見上げると、突然オレの下穿きを強引に下ろし始めた。
「…おい、何する…−」
「見ればわかるでしょ」
〇〇は完全にオレのものを取り出すと、直に触り出した。突如空気に晒され、ここ何日もなかった肌の刺激が走る。
「っ!……お、おい」
オレの制止の声も聞かず、〇〇は屹立したものを手のひらで包み込み、ゆるゆると上下に動かし始めた。本当に最悪だ。
〇〇が少しだけ手のひらに力を入れ、慣れた手つきで擦り始めると、途端に快感が込み上げた。
「っ………ふ、っ」
腹に力を込めて洩れでそうになる息を止めるが、〇〇はもう一方の手の指でオレの唇をそっとなぞる。
「静かに鳴いてね」
「…っ…何、が」
答えを聞く前に〇〇の唇が降ってきた。無駄な抵抗だとは分かっていたが今一度腕に力を入れてみる。……痛い。手首に縄がより食い込み、ただ痛みを感じるだけだった。
〇〇は手の動きを休ませる事無くオレの下唇を舌で舐め、そのまま口内にも侵入させてきた。逆らわないのはただ、本能がそう告げていただけなのかもしれない。疲労が溜まった体が、快感を解き放つ事を望んでいて、もっともっとと〇〇から与えられる刺激を欲していた。
「っ、う、」
口付けを交わしながらもその口の間から吐息を我慢出来ない。〇〇は一旦唇を離すと、またあの笑みを浮かべる。鳥肌が立った。
「扉間、猫はそうやって鳴かないよ」
「は」
「にゃあ、でしょ?」
「何を…−」
「だから、にゃあ、だってば」
〇〇は先ほど取り付けた髪留めを触り、有無を言わせないという口調で語りかけて来た。ふざけるな、という文句が喉元までせり上がったが、突然〇〇が陰茎を握り締めたので「あ!」と声を上げてしまった。すぐに口を噤み、辺りを感知してみるが、人の気配はない。それに安心する暇もなく〇〇の手が動き出す。
「扉間は今、猫なんだから。ちゃんと、にゃあって鳴かないと変でしょ?」
「き、さま」
「にゃあ」
〇〇は射抜くようにオレを見上げ、言わないと力を緩めないとでも言いたげに力の限り陰茎を握る。
「扉間」
「…っ………に、ゃあ」
本当に、最悪だ。
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