- ナノ -


“居場所を決められず霧の中をさ迷う存在”


私の事をそう比喩した男が先月死んだ。それを追うように組織のリーダーまでもが死んだ。あれだけいた暁のメンバーも今や数人にまで減った。組織の黒幕である本当のリーダーと情報収集係と、それから私とこの目の前の〇〇しか残っていない。

鉄の国ではあと幾らかすれば五影会談が行われるであろうという現在、私は〇〇と共に逃がした八尾を確保する為その獲物を探し回っていた。

タダでさえ何の痕跡も無く難しい任務だというのに〇〇は腹が減ったと言い出し、鉄の国に探しに入ろうとしていたところでまったく動かなくなった。仕方なく何処か休憩出来る所を探し、森の周辺にあった甘味処にこうして立ち寄っている。まったく、私の苦労も少しは考えて欲しいものです。
文句が二つ三つ思い浮かんだが、目の前で至福の時間に顔を蕩けさせている〇〇を見るといつものように言葉にはならなかった。


「あーっ、超美味しかった!回復回復!」


みたらし団子を五皿も平らげお茶を飲みながら〇〇は満足したようだった。


「満足したなら行きますよ」


至急、とは言われはしなかったが早く八尾を見つけるに越したことは無い。律儀に店員にお礼を言って代金を払っている〇〇に背を向けて私は暖簾を潜った。道を歩き始めると後ろから〇〇が走って付いてくる。


「ねー、鬼鮫。お腹いっぱいになったら眠くなっちゃった」


欠伸をしながら伸びをする〇〇を見下ろす。無意識に溜め息が出た。この人本当にあのイタチさんより強いとは思えませんね…。


「我慢しなさい。あと一時間しないうちに鉄の国に入るんですから」


言い聞かせる様に言うと〇〇はむくれた。子どもですかあなたは。


「だからこそでしょ!鉄の国って寒いじゃん。もう少しで良い寝場所があるから寄り道しよ!ね!」


大人に玩具を強請る子どもさながらの満面の笑みで〇〇が要求してきた。時間はあまりないと言っているのに、聞きやしない。だいたい何故そんな事が分かるのか。


「怒られても、私は知りませんよ」

「大丈夫だって!いざとなればわたしすぐ八尾見付けられるし!」


なぜ今“いざ”にならないのですか。
こうなったら〇〇に融通がきかない事は分かりきっている。半ば無理やり〇〇に引っ張られながら私は長く息を吐いた。

―――――――――――


「ほら!言った通り!」


道を少しそれて森の中に入るとすぐに小さな池が姿を現した。一体には草木はあまり無く、緑の芝生の上に〇〇は転がった。〇〇の訳の分からない予測通り確かに静かで昼寝はしやすそうではあった。


「うひ〜、ここいいね〜。極楽ぅ〜」


私より歳下とは思えないくらい年寄り臭い口調で言いながら〇〇は寝転がっている。私は〇〇の近くに鮫肌を下ろした。途端に鮫肌がギチギチと音を出しながら〇〇に向かって行った。あなた昔から〇〇が好きですね…。


「おおうっ、鮫肌!おー、よしよし。君はほんとにわたしの事が好きだねー!主人に似て!」


何故か〇〇を気に入っている鮫肌の行動にはもう慣れたものだったが、〇〇の態度も様になったものだ。鮫肌が他人に懐くなど普通は有り得ないこと何ですがねぇ。しかし聞き捨てならない事が聞こえましたが…。



「どこをどう考えたら私があなたを好きだと見えるのか不思議でなりませんね。昔からあなたは成長しなさすぎやしませんか?」


イタチさんと組む前、私は〇〇とツーマンセルで行動していた。暁に入ってからずっと。組織の中では一番付き合いが長いが、その時から精神面が全く成長していないように見える。

〇〇について私が知っているのは年齢と、底なしに明るく、恐ろしい程の馬鹿という事だけ。出会った時から額宛てを所持していなかったので忍ではなかったのかもしれない。

鮫肌とじゃれ始めた〇〇を横目に見る。
何故こんな人間が暁に所属しているのか本当に謎ですね。まあ、別にそんな事はどうでもいい事ですが。


「ちょ、ちょ、ちょ!痛い!言っとくけど鮫肌痛いから!はい、もう終わり!鬼鮫のところに戻りなさい」


鮫肌に触れば痛いのは当たり前だ。腕の所々に擦り傷をつくりながら〇〇は叫んだ。すると鮫肌は大人しくなり私の元に戻ってくる。この光景にももう驚きは無い。〇〇は腕を擦りながらもまた芝生に寝転がると、そのままの体制で私を手招きした。何なんですか、面倒ですね…。


「何です?」


あの笑顔で手招きしているなんてろくな事ではない。近付いてみると〇〇は自分の頭の辺りの芝生を叩いた。


「鬼鮫、膝枕して!」


今日三度目の溜め息。呆れたように〇〇を見下ろすが彼女はそんな事気にもとめていない様子で笑っていた。


「何故私がそんな事を、」

「いーから!しなさい!」


〇〇の我儘にもほとほと愛想が尽きますね…。問答無用と言った様子で私の手を引っ張る〇〇を不満に思いながらもその場に腰を下ろした。

前々から〇〇に甘いとは言われていましたが、本当にその通りですね、これでは。


「座って座って。そうそう……。うん、いいね!いい感じの枕!硬いけど!」


私の足の上に頭を載せると〇〇はより嬉しそうにはしゃいだ。


「私でなければ殺されてますよ、あなた」


他のメンバーだったらキレられて終わりだと言おうとしたが、もう暁にはそんな人間は殆どいない事を思い出した。


「鬼鮫はワガママ言われても殺さないんだ」


そう言われて言葉に詰まる。
確かに〇〇とは長く一緒にいるが、何故〇〇を殺そうと思わないのか自分でもよく分からなかった。


「やさしいね、鬼鮫は」


私の足の上に頭を載せたまま極めて近い距離で〇〇が言った。私はその言葉を耳にして鼻で笑う。


「戯けた事を」



やさしい。
その言葉は何度も〇〇の口から聞いた。一体どう見たらそうなるのか私には分からなかったが、〇〇は昔からよく褒め言葉を口にした。

考えてみれば人から褒められるなど、〇〇に関してだけだった。里にいた時も、暁に入ってからも当たり前に褒められる事など無い。

思い返せばろくな事が無かった等と考えていると突然〇〇が微笑んだ。


「本当のことだからね」


私が口を開く前に前に〇〇は目を閉じる。寝るのかと思ったが、〇〇はそのまま口を動かした。


「わたしが何か言う度鬼鮫は、嘘だとか悪ふざけだとか言ってたけどさ。わたしは鬼鮫に本当のことしか言ったことないよ」


冗談はやめろ、と言いそうになって口を噤んだ。私はそんなに〇〇の言う事を否定していただろうかと思い出してみるがそれは結局〇〇が現実味のない事を言っているからだった。

この世界は偽りだらけだ。
里の忍でありながら同胞殺しを行ってきた自分。一体その自分は敵なのか、味方なのか。自分という存在は嘘か真か。それは何にとってそう言っているのか。

〇〇は何を根拠にそれが偽りではないと言い切れるのか。


「鬼鮫」


焦燥感に似た疑問が湧き上がってきたが、〇〇の声で我に返った。〇〇は目を開いていた。一瞬その瞳の中に呑み込まれそうな奇妙な感覚が走った。


「鬼鮫は鬼鮫だよ」


まるで私の心の中を読んだかのような発言に柄にもなく少し焦る。それが顔に出ないよういつも通り不敵に笑ってみせた。


「何を突然、」


いきなり馬鹿さが抜けるのは心臓に悪いですね。いつもは何も考えていない、というふうに振る舞っているくせに。


「深く考えなくてもいいじゃん。世の中が間違ってようが、偽りだらけだろうが。別に気にすることないよ」


私はこの話を〇〇にした事があっただろうか。
…いや、無い。自分の信念も目的も、あの人以外に話した事は無い。それなのに何故私の心を知っているというようにこの人間は話しているのだろうか。


「わたしが鬼鮫の存在を認めてあげるから。側にいてあげるからさ。それでいいじゃん」


〇〇が何を考えているのかまるで分からなかった。何を思ってそんなに慈しんだように微笑んでいるのか。目を逸らしたいのに、出来なかった。


「……あなたはおかしな人間ですね」


呟くようにそう言うと〇〇はいつものように子どものような無邪気な笑顔を浮かべた。


「サメと人間のハーフに言われたくないんだけど!」


本当に人をイラつかせるような事を言いますね。一度痛い目に合わせた方がいいですかね…。
そう思ったが、馬鹿みたいに楽しそうな〇〇を見ているとその考えも阿呆らしく思えてくる。


「ねー、その左手の薬指さ、暁の指輪じゃなくてわたしとの結婚指輪にしない?その方が断然いいでしょ!」

「勘弁して下さい。年中あなたのお守りをするのは私には難しすぎる」

「そしたらサメと人間のクォーターが産まれるのか…。女の子で鬼鮫に似てたら流石にかわいそうだよね…」

「…人の話聞いてますか?」



馬鹿みたいな会話。

思えば私はこの馬鹿みたいな日常が割と嫌ではないのかもしれない。自分の存在を認めてくれる確かな空間。


偽りのない世界。

それを実現した後もきっと〇〇は同じ事を言うんでしょうね。



「…ねえ鬼鮫!聞いてる?」


もう少しだけ、このままでいても罰は当たりませんよね。


「うるさいですね…聞こえてますよ」



私は馬鹿みたいな空間にしばらく身を預けることに決めた。

この後八尾との戦闘が待っている。その為に少しくらい休憩していてもいいだろうと、自分らしくない考えに思わず笑いが漏れた。

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