- ナノ -


何十年にも及んだ忍界の戦いが今やっと一段落ついた気がする。

第四時忍界大戦が終戦して早数年。


木ノ葉の里からは幾らか離れたこの森の中の一角でわたしは暮らしている。周りは自然ばかりで空気もいい。森の中と言えどそんなに不便なことは無い。走れば木ノ葉まで三十分かからないで着くし、この崖の上に登るとかなりいい景色も望める。森の動物たちはかわいいし、川も近くにあるし、退屈はしない。


ただ!

一つだけ、苦労している事がある。



「あら、〇〇。またそこに居たの」



こいつである。
振り向けば、蛇を連想させる、それでいて美しい顔をしたこの男。暇そうなところを見ると実験が終わって息抜きにここに来たってとこかな。


「変態実験は終わったの?」


ちょっと馬鹿にしたように聞くと大蛇丸は溜め息をついて微かに眉間にシワを寄せた。そんな表情でも絵になるからほんと腹立つ。


「昔よりはまともよ」


確かにそうなんだけど。
この大蛇丸とは早五十年来の付き合いだけど、昔はそれはそれは酷かった。昔って言ってもつい数年前だよ。

あっちこっちから人を拉致しては恐ろしい人体実験をしたり、自分にも肉体改造したり。

こいつの正体なんて白蛇のバケモノだからね?この顔だって本当のものじゃないんだから。



「なに?人の顔をじっと見て」


大蛇丸を前に黒歴史を色々思い出していると、じっと見つめるわたしに気付いて大蛇丸が不思議そうな顔をした。


「いや、ほんと気持ち悪いなーと思って」


「あなた、本当殺すわよ」



そう言って大蛇丸がわたしを殺した事は無い。いや、殺されそうになった事なら多々あるけど、わたしはこいつには倒されない。


「へっ。殺したいならどうぞ?できないクセに!」


あっかんべーをしてそう言うと大蛇丸は呆れたように溜め息をついた。

昔はこう言えば逆上して必ず襲いかかってきたんだけどな。丸くなったもんだ。


「あなた本当私と同い年に見えないわね…。外見も中身も、ね。自来也より子どもっぽいんじゃない?」


わたしは一族の能力で、外見は若いまま変わらない。二十代前半くらいかな。でも成長しないだけで寿命がない訳じゃない。だからあと五十しないうちには死ぬと思う。たぶんね。

しっかし、大蛇丸め。解せぬ。
わたしが自来也より子どもっぽいだと?一応あんたより強いんだからな。コラ。

じとっと睨むように大蛇丸を見ると蛇のような眼孔が一瞬きらりと輝いた。


「〇〇、あなた本当は美人なのにそんな怖い顔したら勿体無いわよ。笑いなさい」


白い手が伸ばされたかと思うと、頬に鈍い痛み。ほっぺを引っ張るな、ほっぺを。


「うるひゃい」


さらに睨み付けるけど、別に抵抗はしない。
わたしたち、抜け忍とそれを追うものと敵同士だったはずなのに、こんなによろしくしちゃってさ。我ながら訳分からないよ。時代のせいだよ、まったく。


「変な顔ね」


女の人顔負けの麗しい笑みを浮かべると大蛇丸はわたしのほっぺから手を離した。ああもう痛いなあ。赤くなっちゃったよ、コレ。


「言っとくけど大蛇丸のが変な顔だからね。ほんと、名前通り蛇みたい。そんなんだから結婚できないんだよ」


縦長に入ったその瞳孔を見つめると、その瞳がすうっと細められた。なんなのもう、蛇にしか見えない。


「あなたって昔からそうよね。怖いもの知らずと言うか、馬鹿というか」


怒った声音ではなく、溜め息混じりの小馬鹿にしたような声。自分だって同じだろ、と言うふうに鼻を鳴らせば蛇の目はますます細くなった。


「ま、そこが良いところなんだけど」


気持ち悪っ。
大蛇丸の微笑みは良い笑いだったことが無い。昔から。人体実験してる時もそんな顔してそう。


「勘弁してよ。気持ち悪いな……。ほら、もう寒くなってきたから戻るよ」


少し赤くなった顔を見られたくなくてわたしは大蛇丸に背を向けた。後ろからくすり、と笑い声が聞こえた。


「本当、昔から素直じゃないわねぇ」


くそ!絶対馬鹿にしてるこいつ。こういう余裕たっぷりな所がムカつくの。野心家で冷徹なくせに面倒見がいいところもムカつく。女みたいな喋り方もムカつく。


ムカつくくらい、すきなんだ。

ずっと追い忍として大蛇丸を追いかけていたのも、今一緒にいるのも、素直に言ってしまえば楽なのに、今でもわたしの方は丸くなれない。


「うるさい、オカマ!早く帰るよ」


いつものように憎まれ口を叩いても大蛇丸は文句言わずに着いてくる。いい気味だ。昔はわたしが追いかける側だったのに、今となってはまるで逆だ。


「あら、別に私はそんな事言った覚えないけど?強者なら男も女も関係ないわ」


「“強者”じゃなくて“強蛇”の間違いじゃなくて?」


「もちろんあなたの事は好きよ。強いからね」


「う、うるさいな!会話になってないから!」


「あなたこそ会話になっていないじゃないの。好きだと言われたんだから、自分の気持ちも言うべきよ」


「…〜っ」


「なに?聞こえないんだけど」


「もー!うるさーい!蛇鍋にするぞコラ!」


「そう。いい蛇が捕れるといいわね」



ほんっとムカつく!
いつもいつも自己中心的でこっちのことなんて気にしてこなかったくせに!こっちは初恋五十年こじらせてんだよ!蛇に睨まれた蛙ってか?ほんともう、あんたしか見えないし、動けないんだよバーカ!


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