- ナノ -


止まない雨はないとか言うけど、あれは嘘だ。だってこの里では毎日雨が降っているから。毎日、毎日。


雨は神さまの涙、だなんて幼い頃誰かに聞いたけれど、それなら雨隠れの神さまは空の上でいつも悲しんでる事になるのかな。

なんて。
本当の雨隠れの神さまは涙なんて流さない。長門くん……いや、ペインは強いから。雨隠れの神さまが泣いて悲しんでいようが、彼は嘆く事なんてない。嘆く事は、とうの昔に忘れちゃったみたい。それは、天使さまも同じようなんだけれど。


「小南ちゃん」


雨隠れの本当の神さまと天使さまがいつも居るのは、雨隠れの中でも高く、里内が見渡せるこの場所だった。昼間でも日の光なんて届かない、薄暗いこの場所。でも天使はそんな事どうとでもない凛とした佇まいでいつもそこにいるんだ。

天使は名前を呼ばれると何も言わずこちらを振り向いた。


「あれ、ペインは?」


ほとんど一緒にいる神さまの姿が見当たらない。小南ちゃんは一度わたしの顔を見た後、しとしとと雨が降る外の景色に目を向けた。


「任務を言い渡された」


珍しい。
暁という組織に所属し、その中でもリーダーの役目を担っているペインが任務を任される事はあまりないからだ。まあ、そのリーダーってのも実は偽りなんだけどね。


「そっか。珍しい事もあるもんだね」


小南ちゃんは景色から目を離す事なくただ空を見つめていた。

小南ちゃんは幼い頃からこうして空を見つめる事が多かった。厳しい戦争と戦争に挟まれながらも、一緒に空を見上げる時間が何よりも好きだった事をわたしは思い出した。

わたしよりも少し歳上の幼馴染の小南ちゃんの事が昔から大好きだった。いや、もちろん今も。


暁。

それなりの忍であれば耳にした事はある名前だ。小南ちゃんとペインが所属している組織。平和を作る為の組織だとあの仮面の男は言っていたけど、それは全くの嘘っぱちだとわたしは分かっていた。

分かっていて、止めなかった。
小南ちゃんが大切なものは分かってる。小南ちゃんは自分の意思より、神さまの意思を優先したんだ。わたしは長門が組織に入ろうがどうでもよかった。

それが小南ちゃんの望む事ならわたしは反論なんてしない。


「〇〇」


雨の音に耳を澄ませながらちょっとだけ昔の事を思い出していると、わたしの名前を呼ぶ、綺麗な声が聞こえた。


「どうしたの?」


わたしは小南ちゃんを見上げるけど、彼女は外に目をやったままだった。

綺麗だな。
彼女の横顔を見てふと思った。


「…小南ちゃん?」


名前を呼んでもその後の言葉を発さない小南ちゃんを不思議に思って問い掛けた。昔より随分寡黙になったなあなんて思っていると、彼女は何秒か経ったあとに口を開いた。


「〇〇の大切なものは何?」


藪から棒な言葉にわたしはつい小南ちゃんを見て瞬きを何回か行った。でも小南ちゃんはまだ外を見つめたまま、真剣な眼差しだったからわたしは少し口角をあげた。そんなもの、決まってる。


「わたしの大切なものは小南ちゃんだよ」


すると今まで景色を見上げていた小南ちゃんがやっとわたしに目を向けた。蜜柑色の瞳は少し驚いた様に開かれ、ここ最近見なかったとぼけたような表情にわたしは笑みが洩れた。


「わたしの大切なものはずっと昔から変わらない。大事に思ってるのも、守りたいのも、小南ちゃんだけだよ」


小南ちゃんの瞳が微かに揺れているのが分かった。珍しいなあ。そんなに驚く事じゃないだろうに。


「私なんて……〇〇に大切だと思ってもらう価値のない人間だ」


何を言い出すかと思ったら。そんな事。

彼女の想い人が死んでから、小南ちゃんは後ろ向きな考えを言う事が多くなった。表情もかたく、冷徹にもなった。目に見えて変わっていった彼女だけど、わたしはそれでも小南ちゃんが大好きだった。ずっと言い続けてきたのになあ。それはそれは、笑っちゃうくらいストレートに。まあ、長門くんの想いに気付かない小南ちゃんだからな。


小南ちゃんの長い睫毛が伏せられ、影をつくった。なんとなく、彼女が考えている事は分かった気がした。

わたしは小南ちゃんの右手をそっと掴んだ。長く、綺麗な指はかたく閉じられていて、まるで彼女のこころのようだった。

それをそっと開くと、小南ちゃんは抵抗せずにわたしを見つめた。


「大丈夫だよ。わたしはずっと小南ちゃんの味方だから」


彼女は後悔していた。

平和のために一心不乱にその身を捧げた想い人が掲げた意志は、道は、本当にこれで合っているのか。自分は本当に、あの人の思いを継いでいられているのか。

ペインのしている事は、自分がしている事は正しい事なのか。

これは、本当に、あの人がしたかった事なのか。


彼女は現状のすべてに後悔していた。



「わたしは何があっても小南ちゃんが大好きだよ。人を殺したって、戦争の肩入れをしていたって、どんな非道な事をしてたってあなたが大切だよ」


雨隠れの里に血の雨を降らせた戦争を象徴したその黒い衣。それが彼女の美しい顔と、どうしようもなく不釣り合いに見えた。その美麗で、凛とした彼女の顔が、ふと切なげに歪んだ。

小南ちゃんはすうっと瞳を閉じると、静かにわたしの肩に額を寄せた。彼女の、匂いがした。


「〇〇、何処にも行かないで」


心の底から振り絞るような、彼女にしては弱々しい声だった。わたしは少しクセのある、薄い紫味を帯びた髪に手を伸ばし、そっと撫でた。


「当たり前だよ。小南ちゃんが嫌だって言っても側にいるから」


彼女を遺しては死なない。彼女の夢を叶えるまで。心からの笑顔を見るまで。

胸の辺りで小南ちゃんの苦しげな吐息が聞こえた気がした。


やさしいなあ。

小南ちゃんはやさしすぎるから、こうして後悔するんだよ。大切なもののために、それを想って行動するのに、いつだって後悔しか残らない。


「〇〇…」


大丈夫だよ。わたしはここにいるから。
あたたかい、彼女の手を握るとその手が強く反応した。


天使さまも泣き虫だなあ。

まるで雨隠れの神さまと一緒だ。空の上で泣いている方のね。


小南ちゃんが本当に後悔しなくなった時、この里の雨もやむかもしれないね。そしたら、いつかこの暗い里に、陽の光が射し込む時が見られるといいなあ。

出来れば、彼女と一緒に。



「止まない雨はないよ」



彼女を安心させるために言った言葉は、嘘だったのか、真だったのか。

本当は、それが嘘なのかどうかなんてどうだっていいんだ。彼女の心が晴れれば。なんでもいいんだ。


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