- ナノ -


「いたたた…」


自宅の縁側に腰掛けながらわたしは自分の足をそっと持ち上げた。

忍靴で靴擦れするのは珍しい事じゃない。鼻緒がかかる部分、親指と人差し指の股の間は特に。しかし大体の忍は慣れで、大人の熟練した者であれば靴擦れなんてする事なんてない。

わたしだって例外じゃなくて、何年も戦場に出て戦っていればそんな事もなくなった。筈だった。


「ちょっと無理しすぎたかな…」


この所戦争が立て続けにあって、わたしはその全てに参加していたし、昨日の戦いで傷ついた忍の一人を集落まで連れ帰った。その時は必死で痛みなんて分からなかったけど、朝起きて足が痛いなと思ったら血が出ていた。そんなに傷ができてるとは思わなくて驚きながら薬を塗ろうとしているところである。


「〇〇」

薬を持ってきて縁側に座り込んでいると、何処からか声が聞こえた。聞き慣れたその声の出処を探すと、庭の方からイズナが現れた。気配に気が付かなかったが、恋人であるイズナがこうして突然現れるのは珍しい事じゃない。


「イズナ」


「昨日、大丈夫だった?〇〇、結構無理してたように見えたから」


イズナは少し眉を下げて微笑みながらわたしに近付いて、隣に腰掛けた。大丈夫だと言う前にイズナはわたしの足に目を移した。


「もしかして昨日、怪我した?」


血が滲んで傷になった足を見つめながら心配に問い掛けるイズナ。イズナは心配性だから、少しの怪我でもこうして気にかけてくれる。わたしはイズナを安心させるように笑みを返した。


「ちょっと靴擦れしちゃっただけ。今、薬を塗ろうと思ってたの」


薬を手に持って掲げて見せるとイズナは何度か頷いた。そして腰を上げて縁側から降りて、庭の方へ足を投げ出していたわたしの前に立った。


「塗ってあげるよ。貸して」


イズナはそう言ってわたしの手から塗り薬を取ると、蓋を開け始めた。子どもの頃から面倒見がよかったが、恋人同士になってからもイズナはこうして世話を焼く事が増えた。


「ありがとう、イズナ」


お礼を言うとイズナは笑って塗り薬を人差し指に絡めとった。わたしの前にしゃがんで、それを血が滲んだ足の指の間に持って行くと冷たい薬の感覚がした。指の間を行き交うイズナの、男の人にしては細い指がくすぐったくて思わず体を捩る。


「くすぐったい」


笑いをこらえながらそう言うとイズナは困った様な表情をしてわたしの足首を掴んだ。細い体とはいえ女のわたしの力ではそれには勝てない。


「こら、動いたらちゃんと塗れないだろ」


それは分かってはいるが、人にやられるとやっぱりくすぐったい。ふひひ、と変な笑い声を出しながらわたしはそれに耐えた。


「ふふっ…!もう限界!」


わたしが耐えているのが面白いのかイズナは極めてゆっくりその指を動かすものだから我慢も限界という時に指がやっと離れた。わたしは安心しきって大きく息を吐いた。もう少しで涙が出てくるところだった。


「もう。絶対必要以上に塗ったでしょ」


薬の蓋を閉めるイズナを見上げて少しだけ怒ったように言うと、彼は目を細めて笑った。


「好きな子ほど苛めたくなるって言うでしょ?」


さも自信満々に言ってのけるが、その言葉にわたしは少しドキドキした。


「さっきまでわたしの前に跪いて王子様みたいだったのに…」


薬がついてしまったイズナの指を手拭いで拭いてあげながら呟くと不思議そうにこちらを見てきた。


「王子様?」


「うん」


まだイズナは分からないっていう顔をしてるけど、あながち間違いではない。うちはの長の弟であるイズナは一族の中でもかなり強い。わたしだって小さい頃から何度も戦場で助けられてきた。強くて、そしてやさしいわたしの大好きな人だ。戦う時の写輪眼のあの厳しい瞳だって一緒にいる時は欠片もない。


「いつもわたしを守ってくれる。イズナはわたしにとっての王子様だよ」


馬鹿みたいな台詞だったが、イズナはいつものように優しげに微笑んだ。そして先ほどのようにわたしの前に立った。


「じゃあ〇〇はオレのお姫さまだ」


わたしが「へ?」という間抜けな声を出しているうちにイズナはわたしの右手をとった。


「王子は姫を守るものだろ?だったら〇〇はオレのお姫さまじゃないか」


イズナらしくない、嫌にクサい台詞。
なのに、その微笑みを見てわたしの心臓はどくんと音を立てた。



「これからも君を守ると誓うよ」



手の甲に柔らかな感触がした。
イズナがわたしの前に跪いて手の甲に口付けを落としていた。これじゃ本当に王子様みたいだな。

甘ったるい程の言葉を言うとイズナは普段通りの笑顔を見せた。


さっきまで足の傷がずくずくと痛んでいた筈なのに、それさえ感じなくしちゃうなんて、イズナは王子様じゃなくて魔法使いだったかなんて考えながらわたしはその体に抱き着いた。

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