大筒木編
-ハゴロモの死と隠された呪い-
そして終わりは、唐突にやってきた。
「…どうやらわしも天命をまっとうする時が来たようだ…」
アシュラが四十を過ぎた時のこと、それは本当に突然だった。ハゴロモは家族を集めた。逃げられない、自分の命の終わりを感じ取ったのだ。
アシュラ、アカリ、そしてハゴロモの孫たち、フタミ、センリ。みんながハゴロモの側にいた。
そしてハゴロモは昨日の出来事の事をぽつりぽつりと話したのだ。
夜、インドラがやってきた。
そしてインドラはハゴロモに告げた。
ここに来たのは、地獄と化す忍宗の未来を突きつけるためだと。
ハゴロモの身勝手な思い違いが、忍宗の未来に戦いと災いを生むのだと。俺はアシュラとその一族を、忍宗をこの世界から滅ぼすまで永久に戦いをやめるつもりはない、そしてそれを成し遂げるためなら俺の魂は何度でも蘇り戦い続ける、と。
ハゴロモは誰に言うでもなく謝罪の言葉を口にした。センリにはその後悔が、痛い程分かっていた。
「安心ください。兄さんの魂が何度でも蘇るのなら私の魂もまた何度でも蘇りましょう」
アシュラはハゴロモの手を強く握る。
「少し…センリと二人にしてくれるか」
ハゴロモは小さな声でそう呟く。皆は頷き合い、分かっていたように部屋を出ていった。
『ハゴロモ…』
センリはハゴロモの頭のすぐ隣へ少し移動する。ハゴロモの目はもう開かない。センリはここにいるよ、というようにハゴロモの動かない手を握る。
「昨日インドラが来た時、お前のことを話していた」
センリ驚いて目を見開き、ハゴロモを見る。インドラがまさかそのような思考に至ったとは思いもしなかったが、それとはまた別の驚きだ。後悔の念が、センリの心にも押し寄せた。
「あやつは…センリが忍宗が存在する世にいる事を異常に嫌がっているようだった。いつか絶対にお前をこの世界から救い出すと…最後にそう言い残して姿を消した」
センリの頭の中にインドラの言葉が蘇る。
「センリ、俺はそんなところにお前を置いておきたくはない。汚したくは無い。お前だけは綺麗なままいてほしい」
「センリ……インドラは、お前を愛していたのだと思う。母として、姉として、家族としてではなく…――」
センリは静かに語るハゴロモを、何も言わずに見守った。
本当のところ、ハゴロモは薄々気付いていた。センリに対するインドラの気持ちに。だからこそ見て見ぬ振りをした。
「わしは気付かない振りをしていただけだった……。父として、息子の様々な感情に。インドラの、センリに対する感情が、それ程大きなものとは知らなんだ。あやつはお前を愛していたのだ。一人の女性として、一人の人間として」
センリは涙をこらえていた。
インドラは結局、戻ってきてくれなかった。力を第一とする一派をつくり、最後まで考えを変えなかったのだ。愛は知っているのに。あんなにも優しい子なのに。なのに、インドラのそれは、どれもが少しずれた方向に向いてしまっていたのだ。
「わしは結局、最後までインドラの本当の心を知ろうとはしなかっただけだったのかもしれぬ…。だがセンリ、お前はいつでも息子達に愛情を注ぎ、そしてどんなインドラの感情も受け入れていた。本来父親であるわしの役目だったはずなのに…。
お前はこの先もずっと生きていくのだろう。忍宗の未来も見届けることになる。センリ、わしはお前に散々苦労をかけてきた。なのにまだお前に重荷を背負わせようとしている」
センリは涙を必死にこらえ、頭をブンブンと振った。
『重荷なんかじゃないよ、ハゴロモ。苦労しただなんて思ったことない。私、あなたと共に過ごせて本当に良かった。大切なこと、いっぱい学んだ。大丈夫、この先も私は見守るよ。ハゴロモがつくった忍宗の未来を。そしてそれが間違った方向に向いてしまったならきっと直してみせる。インドラの事だって、大丈夫。ハゴロモの息子だよ?私たちが育てた子だよ?
私がここに来たのはきっと偶然じゃない。不死になったのも何か意味がある。だったら私はこの先も生きるよ。自分の意思で。大丈夫、心配しないで!私は強いから!』
センリは力強くハゴロモの手を握る。だがハゴロモの手にはもう力は入らないようだった。
「センリ、わしは幸せだった。お前はわしの、大切な家族だ。感謝してもしきれぬ。母に看取られながら逝けるとは、なんと幸せなことか」
ハゴロモの、心からの幸せなそうな表情に、センリの目からはついに涙がこぼれ落ちた。
『私も幸せだったよ。今までよく頑張ったね、ハゴロモ。疲れたよね。ゆっくり、休んでね』
センリは震える声を必死に押し殺し、安心させるように語りかけた。センリの瞳から零れ落ちた涙はそハゴロモの手に落ち、そしてハゴロモを包むように白い光となった。
それに気づき、アシュラたちが戻ってくる。
「父上!」
また皆がハゴロモを囲んでくれる。ハゴロモの息はもう微かにしか聞こえなくなった。
『ありがとう、ハゴロモ……こんな私を母だと言ってくれて。あなたの側にいさせてくれて………ありがとう』
センリは最後の、そして最高の笑顔を見せた。
ハゴロモにはセンリが笑った事がわかった。暗闇の中に、センリの美しい笑みが見えた気がした。
その証拠に死にゆくハゴロモの表情は今まで見たことが無いくらい幸せそうに、安らかに微笑んでいた。
「父上…!」
「おじいちゃん!」
アシュラと子どもたちが叫ぶ。だがその声にもうハゴロモが反応することは無かった。
大切な家族に看取られながらハゴロモは八十にもなる生涯を閉じたのだ。
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