- ナノ -


大筒木編

-愛-



森の中の牢がある場所へとセンリは向かった。そこは恐らくインドラと、その友人たちがいるはずだ。遠くの方に宴の炎の灯りが見える。その灯りからはどんどん遠ざかり、センリは暗闇に向かう。

しばらくすると洞窟にある蝋燭の火が見えた。そしてそこにこちらに背を向けたインドラの姿が見える。

『インドラ………!?』


センリがインドラに駆け寄ろうとすると、インドラの足元には二人の友人が倒れていた。センリは急いで二人を治そうとする。


『……っ』


出血量で分かった。
二人は死んでいる。恐らく即死。急所を一発だ。しかも殺したのは……――。


『インドラ、どうして……』


センリはインドラを見上げる。そして気づく。
目が写輪眼ではなかった。見慣れた三つの勾玉文様ではない。まるで血に濡れた星の様にも見えた。写輪眼よりも禍々しい力があるのが分かる。

インドラは無言で二人の遺体とセンリを通り過ぎ、洞窟を出る。


『インドラ!』


センリは追いかける。インドラは振り返らずに、立ち止まった。


『インドラ…なんで二人を……――。インドラ、きちんと話をして』


インドラはセンリを見ない。センリはインドラに歩み寄り、腕を掴む。


『忍宗をちゃんとこの世界に伝えていくには、インドラが必要だよ。どちらか一方じゃない。アシュラとインドラ、二人が必要なの』


センリは言い聞かせるようにインドラに言う。インドラは前を向いたままやっと口を開いた。


「弱き者の助けなどいらない。この力を使い、力による完全なる秩序をつくる。争いのない完全なる世界だ。平和をつくれるのは力だ、センリ。俺はもう分かったんだ」


インドラは振り向きセンリを見下ろす。その目は冷たかった。だがセンリは手を離さなかった。


『違う、インドラ。人を力で従わせればいつかきっとそれは壊れるよ』


それを行ったカグヤは自分自身さえも見失い、力に溺れてしまった。


「もしそれに反抗する輩がいれば、力づくで従わせるだけだ。秩序を乱す者はどんな事があろうと許さない。そういう者がいるから争いが生まれる」

『でもそれじゃ人の気持ちはどうなるの?体は従わせる事ができても、力では心までは縛れないよ』


センリは正面からインドラの目を見る。こんな時でもセンリは絶対に声を荒らげたりしない。


「いや縛れる。誰も勝ることの無い力を示せば、それは可能になる。だから俺は誰よりも強くなる。ぶれることの無い、完璧な力を手にする。脆弱な理想は今日で終わりだ」


センリはインドラの腕を掴む手に力を入れる。ここでインドラを離したらいけない。センリは直感的にそう思った。


『インドラ、何があったの?あなたが変わってしまった、その理由はなんなの?力が世界のためになると、なぜそう思うの?』


インドラはじっとセンリを見つめる。センリは不穏な何かを感じ取っていた。


「俺はもう本当の力とはなんなのかを“教わった”んだ。この世界に本当に必要なものを」

センリは眉を潜める。


『私はそんな事を教えた覚えはないよ、インドラ……――――』


「そうだ。センリが俺に教えたものは、“愛”だ」


インドラは遮るように答える。センリは目を見開く。


『それを分かってるならどうして…』


インドラは愛を知らないわけではなかった。センリがインドラに教えたものはしっかりと伝わっていた。なのになぜ。センリは分からなかった。


「…しかしそれは俺にだけではない。お前は皆にそうした。アシュラに、父上に、村の者達に。俺が欲しいのは、そんな見掛け倒しの不確定なものではない」


アシュラとインドラを育てたのはセンリだ。だいたいの事は分かる。インドラが何を欲しいのか、何を考えているのか。

だが、今、センリには分からなかった。インドラの言葉の意味がまるで理解出来なかった。


「俺はお前がどれだけ強いのか分かっている。お前は俺よりも、父上よりも、誰よりも強い。だからこそ、絆による忍宗などという下等な理想が蔓延った世界にいるべきではない」


今度はインドラがセンリに言い聞かせるように話し出す。


「お前はいつでも俺にとっての唯一の光明だった。センリだけはいつも俺を理解してくれた…。村の人間も、結局父上までも俺の考えに同調することは無かった。だがお前だけは違う。昔から変わらず俺を愛し、そして偏見の目を持つ事無く共にいてくれた。

…しかし、お前にとっての俺はそうではなかった。俺だけの光ではなく、皆の光だった。

お前は昔から変わらず美しい。それは外見に限らず、その心が。誰にも穢されず…お前だけは、変わらずにいてくれた。

だが力の無い世界では必ず争いは起きる。センリ、俺はそんなところにお前を置いておきたくはない。汚したくは無い。お前だけは…綺麗なまま、いてほしい」


インドラは真剣だった。その赤い眼は強い決意に燃えていた。


「だから俺は強くなる。そしてお前はずっと俺の隣にいればいい。俺が争いなど起こさせない。センリを穢させない」


センリは言葉が出なかった。

インドラの言葉を、思いを、センリはすぐに理解する事が出来なかった。何も知らなかったからだ。

自分がセンリよりも強くなればセンリは自分だけを見るはずだ、と。そして誰よりも力をつけて穢れなき光を、センリを守ろうと。インドラはそう考えていたというのか。


「俺がセンリの穢れない世界をつくってみせる。お前は、平和を望んでいる。ならば俺がそれをつくりだしてみせる。だから少しだけ待っていてくれ」


インドラはそう言って自分を掴むセンリの手を外す。センリの腕には力が入らず、脱力した。


『どうして、インドラ……』


背を向けて走り去るインドラの姿が、カグヤと重なる。まるでカグヤと同じだった。

カグヤも平和な世界をつくろうとして、力に溺れ、そして失敗した。それに気付かなかった自分が、知ろうとしなかった自分が情けなくて仕方がなかった。


『(ほしいものがわかる、だなんて…私はなんて傲慢なことを……――)』


センリは力なく地面に膝をつき、ぽすん、と情けない音を立てて地面に座り込んだ。無意識に涙が溢れ、白い服を濡らした。

カグヤの心を受け止めたかったのに、インドラの心を受け止めたかったのに、どうしてそれが出来ないのだろう。一体自分は、何を見てきたのだろう。


気づかなかった。ずっと近くにいたのに。

カグヤの時もそうだった。
一番近くにいたのは自分だったのに。何も気づいてあげられなかった。見落とした。知ろうとしなかった。


なんのための不死か。なんのための力か。


―――悔しかった。

こんなに何も出来ない自分を、なぜカルマは選んだのか。分からなかった。



『いや………ちがう………』


ぐるぐると反芻する考えをふるい落とすようにセンリは顔を上げ、夜空を見る。今日は満月だ。


『(私は決めたんだ。この世界で生きることを決めたんだ。今度は後悔しないって決めた)』


センリはゆっくり立ち上がる。


『行かなきゃ』


こんな所で躓いてはいられない。あと何百年も生きるのだから。未来を、諦めたくない。


『!!』


遠くの方で、村にインドラが攻撃をしかけたのが分かった。大きな音が聞こえる。

センリは走り出す。

今すべきは立ち止まることじゃない。
後悔することでもない。



『絶対、諦めない』

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