大筒木編
-二人の生き方-
しかし次の日の修業の時も、アシュラのお願いはインドラに届いていないようだった。
「次!……どうした、誰も私の相手をする者はいないのか」
みんなはもう自らインドラに進みでて組手をする気力はなかった。容赦のないインドラの修業に誰もが疲れ果てていた。
「不甲斐ない」
その様子を一瞥して、インドラは呆れ果て練習場を出ていってしまった。
「待って兄さん!どうして?考えてくれるって…」
アシュラが急いで後を追いかけ、外に出たインドラを呼び止める。
「写輪眼を持たぬお前にはわからん」
インドラの冷たい声と紅い瞳に、一瞬アシュラは固まった。
「世界を束ねていくのは力であり、力による規律だ。いずれ私は忍宗を継ぎ、その理想を貫く」
変わってしまった兄の姿に、アシュラは何も言うことが出来なかった。怖いとは思わなかったが、何か別の、引き止められない感覚だ。
『インドラ。力だけじゃ、それは出来ないよ』
練習場の陰からやり取りを聞いていたセンリがインドラの前に歩み寄る。インドラは写輪眼をセンリに向ける。だがセンリは動じない。センリはしっかりとその紅い瞳を見返した。
『インドラ…あなたは力だけの支配を恐れていたはずだよ。力だけじゃダメだと考えてた。あの時のあなたの言葉は、嘘じゃないでしょう』
−−−印と術によって、これからそれが武器となってこの世界に戦いをもたらすかもしれない。父上とセンリが作ってきた世界を壊すことになるかもしれない。最近すごく思うんだ。これで良かったんだろうかって……−−
インドラはセンリを見つめる。
「センリ、私はもう子どもじゃない。もう気付いたんだ」
センリはインドラの放つ威圧的な雰囲気をものともせず、インドラに近づく。インドラはセンリよりも頭一つ分くらい背が伸びていた。鋭い眼光を宿し、インドラはセンリを見下ろす。
『インドラ、人の気持ちを考えることが出来ないのは子ども以下だよ』
いつも優しかったセンリの口から、叱るような言葉を聞くのは初めてだ。動揺してインドラは眉をひそめる。隈取りのある瞳が厳しく細められた。しかしそれでもセンリは表情を変えない。
どんな悪さをしようと怒る事はしなかったセンリも、こんな表情をする事を、インドラは知らなかった。冷静で、それなのにどこか威厳を含んだ凛とした表情。見下した態度でも、高圧的でも無い。それなのに心臓がふるふると震えるような勇ましささえ、センリからは感じられた。
センリの知らないインドラ。そしてインドラの知らないセンリ。
先に動いたのはインドラだった。センリがそれ以上何も語らない事を黙認するとクルリとセンリに背を向け、森へと向かっていった。
『インドラ…… 』
センリは遠ざかるインドラの背中にカグヤの後ろ姿を重ねていた。
『(インドラはカグヤじゃない………なのにどうして…)』
どうしてカグヤの意思を感じるの。
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