大筒木編
-インドラとアシュラ-
『アシュラー!!どこにいるのー?』
森に入りセンリはアシュラを探す。耳を澄ますと向かって左、北の方からかすかな人の声が聞こえ、センリはその方向に走って向かう。
しばらく走ると大きな物音が聞こえ、木々の間から身の丈三メートルはあろうかという巨大なイノシシが姿を現す。そのイノシシが逞しい蹄で地面を蹴りながら獰猛な唸り声をあげ、そしてその凶暴な目の視線を辿ると、そこにはなんとアシュラがいた。
あまりの恐怖に立ち竦み、足も震え、動けないようだった。センリはすぐさまその間に入り込み、アシュラを庇う様にして立った。
『落ち着いて。私たちはあなたの敵じゃないよ』
センリの背が突然目の前に現れて、驚きやら安心したやらでアシュラの目が見開く。
センリは静かな声で、唸るイノシシに語り掛けた。元々動物とは意思疎通ができた。いつもなら会話が成り立つ上、センリが動物に話し掛けるとそれだけで相手から寄ってくるものだった。
『(変だ、全然聞いてくれない…)』
センリはイノシシの目に何か奇妙な光を感じた。ほんの僅かな違和感だが、センリが疑問を抱くのには充分なものだった。
そして、その茶色の巨体の後ろに、こちらに向かってくるインドラを見付けるのと、イノシシの目が鋭く細められ、土煙を立てて突進してくるのはほぼ同時だった。
『!!』
突然の事に、センリは咄嗟にアシュラを抱き締め、力を放出した。
「センリ!アシュラ!」
インドラが青ざめて叫ぶ。
しかしその声をかき消す程の鳴き声をあげて、イノシシはそのまま突き進む。文字通り猪突猛進だ。
「っ……!」
辺りに砂埃が舞い、インドラは手で顔を覆う。埃が目に入らないように目を細めると、その視界に見えたのは大きな岩に追突したイノシシだった。ガガガッという物凄い音が辺りに響く。
しかしイノシシはくるりと一回転して、またこちらに向かってきた。土煙の中イノシシを確認したインドラが素早く印を結び、雷のような攻撃でイノシシを一発で仕留める。イノシシは気絶して伸びてしまった。
「センリ!アシュラ!……くそっ」
インドラはすぐに崩れ落ちた岩を必死にどかし、二人を探す。インドラは二人が死んだかもしれないと思っていた。自分がもう少し早く到着していれば……――砕け散った石で手を切ったかもしれないという痛みが手の平にあったが、どうだって良かった。
「くっ…」
ただ必死に二人を探した。
その時−−−。
「ぷはっ」
息を思い切り吐くようなアシュラの声が聞こえたかと思うと、地面の中から姿を現した。数秒遅れてセンリも地面から這い出てくる。
『はーっ、危なかった』
センリはいつものように笑いながら土の中から出ると、アシュラを引っ張り上げた。二人とも無傷だった。寸でのところでセンリがアシュラごと地面に潜り込んだのだ。
「センリ姉さん、シロが…」
しかし飼っていた犬のシロは、センリが到着する前にイノシシからアシュラを守ろうとして投げ飛ばされ、息を引き取った。センリはシロの亡骸をアシュラに手渡す。
「センリ姉さん、兄さん、ありがとう。助けてくれてありがとう…」
アシュラは悲しみの涙を流しながらも、二人にお礼を言った。
二人が生きていた。
インドラはどうしようもなく安堵していた。だがそれと同時に眼球の奥…頭の裏側辺りがドクン、と脈打つのを感じていた。瞳の奥が熱い。目の中で不思議な感覚を察知したが、それは涙ではなかった。
『!………インドラ、その目…――』
押し黙っているインドラを不思議に思い、ふと見たセンリの目に移ったものは、紅く光るインドラの目だった。
写輪眼だ。
インドラはクナイに反射した自分の目を見て驚き、そしてセンリが何か言う前に何かに感づいたように視線を上げ、どこかへ駆け出していってしまった。
『インドラ…!?』
センリは困惑したが、一先ずアシュラ達の安全の確保が一番だ。
センリはタイゾウたちも集め、むやみに忍宗を試そうとしないこと、危ないことをしないことを約束させた。
しかし、センリは敏感に、おかしな雰囲気を感じ取っていた。
『(あのイノシシ……普通のイノシシじゃなかった……まるで操られているみたいに………いや、考えすぎかな)』
だがそれが一体何なのか、ただの予感なのか、不吉な軋みなのか、センリには分からなかった。
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