- ナノ -


大筒木編

-全ての始まりと-




今日は暑い。
太陽の光が嫌と言うほど降り注いで、日向にいると額に汗がにじむくらい。


こんにちは。私の名前はセンリ。


前の世界で二十五歳で死んだんだ。なぜ死んだかは思い出せないし、そこで誰とどんな風に過ごしていたかもわからない。人の名前と存在だけがぽっかりなくなってしまったみたい…。生活の仕方とか、基本的なものは全部わかるんだけど。二十五歳で死んだ事はびっくりするくらい鮮明に頭に刻まれてる。

なぜ、前の世界って言ったのかというとね、ここはどうやら私が前にいた世界じゃないみたいなんだ。


それで、私が見知らぬこの地に来てから幾日か過ぎた。私はこの世界の暮らしにも慣れ、風習や村のあり方も知った。

ただ人里には下りず、山の中の洞窟で暮らしている。そう聞くと何だか物凄いサバイバル生活してるみたいに思うけど、実際はそうでもないの。森の動物たちにも助けられながら割と充実した日々を送ってる。何で山の中なのかっていうのは私も分からない。いまはそうした方がいいって言われてね…。そして食べ物とか必要なものがあれば村に行って、そこで買うんだ。この山のふもとの村の人々はとても良い人たちで、村人数は少なくて平均年齢も高いんだけどいつも快くものを売ってくれる。


服装とか暮らしぶりを見る限り、ここは私が元いた世界の縄文時代とか弥生時代とか…なんかそんな感じの時代を感じる。


神鳥さまは「ここはお主がいたところとら別の世界だ」って言うけど、言葉は普通に通じるし、食べ物の調理の仕方だってそこまで古くない。調味料も売っているし、洋服も元の世界とそう変わらない質だ。

ただ違うこともある。


この世界には月がない。私には不思議な力があるし、そして私の中には…。


「(センリ、今夜…何かが起きそうな予感がする)」


頭に響く声の主は神鳥さま。不死の鳥であり、この世に私を連れてきた張本人である。光から生まれたって言ってたけど…。


『予感かあ。随分早いね。まだここに来てから三ヶ月も経ってないよね…。あれ?三ヶ月経ったよね?ん?なんだろう、一週間くらいしか経ってない変な気分だけど…』


洞窟の中の岩に掘られた七つの線の塊が十四ある。夜が来るたびに一つ書く。ということは三ヶ月くらいのはずだけど…。


「(ふむ、馬鹿なのか賢いのかよくわからん。だがその感覚はおかしくない。不死鳥である我が御主の中にいる限り、御主は寿命で死ぬことはない。それに外見の成長もそれ以上しないだろう。まあこの世界では、の話だが…。これから何百年も生きるのに普通の人間と同じ時間の感じ方をしていたら体が持たないであろう)」


…とのことらしい。私の中にいる…というか住んでる神鳥さまはこうして私の頭の中に直接呼びかけてくる。


何百年も生きるって……。
本当にそんな事が可能なのかな?でも、まあ過ごしていれば分かることか…。私は一度死んだ身。これからどうなろうとそれなりの覚悟はある……――


『…って、ええ!不死だなんて聞いてないよ!』


「(今言った)」


この神鳥さまは言う事が割と突拍子もなくて時々びっくりする…。


「(元来我は光から生まれた不死の鳥。鳳凰とも言われる。不死の塊であり、希望の光であり、太陽の母であり…)」


神鳥さまは言う事が難しくて理解するのになかなか時間がかかる…!


でも確かに神鳥さまが私の中に入ってから、月イチで来る魔の月経もないし、トイレにも行かなくて済む。神鳥さまが言うには体の成長が止まったんだとか…。だから私の見た目は二十五歳のまま年を取らないってことだ。

でもお腹は減るしその度に食べ物も食べる。そのへんの区別がよくわからないんだけど…。


『お腹は減るのに、うんちは出ないの?』

「良い質問だ。回答としては、そうだな……我の身体もそうだが、一日が終わるとまたその日の初めの状態の身体に戻る。御主の身体に入った食べ物が胃に入ると徐々に消滅していく」

『なるほど……?』

「胃の中で完全に消滅すれば、腹が減る感覚が生まれる。しかしそれを体内から出す必要はない。その気になれば数ヶ月は何も食べずとも生きる事ができる」


予想外の言葉をゆっくり理解しながら、竹筒に入った水を飲んだ。とっても美味しい。


『じゃあ、私が死ぬことはあるの?』


「(…我が最後を迎えるとき。つまり我が御主の中から居なくなったときだ。まあ、そんな事は出来るのかわからないが…。我は御主の中から出るすべを知らない)」


『出られないのに私の中に入ったんだ…』


神鳥さまからの返答はなかったが、私は額の汗を拭き、山を下った。
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