大筒木編
-解り合えなかった親子、解り合いたかった友-
『…ハゴロモ、ハムラ、次でカグヤを封印して。私が確実にカグヤの動きを止めるから』
息も絶え絶え、宙に浮いていられるのも二人はあと僅かだ。センリでさえ、これが最後のチャンスだと思っていた。
「分かった」
ハゴロモはそう言って、続けてハムラも小さく頷いた。しっかりとした瞳だった。
『(カグヤに、矢尻は向けたくなかった…)』
センリが翼から一つ、白く輝く羽根を抜き取る。それは同じく白く輝きを放つ、弓と矢に変わった。それには今まで溜めていた力が凝縮されている。これが恐らく最後の力だ。
「ワラワに矢を向けるのか、センリ」
カグヤも大分体力を消耗しているように見えた。いくつもの技を繰り出し、そのどれもが人知を超えたものだったが、それとて永遠に繰り出せるものでは無い。
薄ら笑いを浮かべるカグヤはもう、センリが出会った頃のカグヤではなかった。
平和を語ったカグヤ、自分の冗談に控えめに笑うカグヤ、一緒にいようと言ったカグヤ――。
性格はまるきり違ったが、喧嘩なんてした事は無かった。二十年もの間、ずっと側にいた。どんなに人から恐れられようと、口数が減ろうと、センリはカグヤを友として大切に思っていた。それだけは確かだった。
『(確かだった、はずなのに)』
間違ったのは、カグヤか、自分か。
大切だった友を今、自分は殺めようとしている。果たしてその判断が本当に正しいのかどうか、センリは分からなかった。正しくないとしても、もう後には引けない。
カグヤの思いと、自分の思い。この戦いに決着が着くことは、それが絶対に交わる事がないのだという確たる証拠になってしまう。
本当ならこのまま終わらせたくはなかった。
『(もっとちゃんと、受け止め合いたかった)』
カグヤをきちんと理解して、自分の思いも伝えて。
それがひとつに繋がる事が出来るなら、どんなに良かっただろう。
ただセンリは、自分自身の為だけに他者を傷付けると言う行為が確実に間違いだという事は、譲れなかった。
変えられようとすれば出来たかもしれない。カグヤの心の闇に気づいていれさえすれば……。
もう全てが遅かった。
だったら、ここで……。
センリは目から溢れ出そうになる涙を拭う。ハゴロモもハムラも、センリがカグヤを殺す覚悟でそれを放つ事を理解した。
『カグヤ……あなたは私がここにきて初めて出来た友だちだった。カグヤと過ごした日は楽しかったよ。本当に、嬉しかったの』
センリは弓を構え、カグヤの心臓に狙いを定める。
「この期に及んで戯言か…。愚か者めが、お前の御託にはもう愛想が尽きた。付き合っていられぬ」
『私の本心だよ』
矢を向けられても尚、カグヤは余裕綽々で笑みを浮かべていた。どんな速い矢であろうと、神樹の力があれば弾き返せる。簡単な事だ。
「そのようなただの矢でこのワラワが殺せると思っているのか?呆れたものだ……ここまで来てワラワの力を見くびるとは。そんなものワラワの力の前ではーーー」
カグヤは目を見開く。簡単な事だったはずだ。それなのに。
カグヤの口の端からゆっくりと血が滴った。
「な、ぜ……」
カグヤの胸には、しっかりと白い矢が突き刺さっていた。
一瞬にも満たない刹那だ。
センリは矢を光の速さで飛ばしていた。光の速さは人間の目で捉える事は決して出来ない。神樹の力だと見破る事が出来るかもしれないとセンリは予測していた為、この戦いの中でセンリは何度か光の速さの技を試していたが、その時にだけはカグヤは避ける事が出来ていなかった。
この弓矢は、相当カルマとの力を貯めなければ出来ない。
センリはカグヤが光速を追えないと、精確な考察と実証を経て確実に結論付ける事が出来た為に放ったが、矢尻がカグヤの心臓を貫いた要因は、カグヤの慢心も大きかっただろう。
高濃度で精密な力を纏わせてある。矢が刺さってしまえばもう、カグヤは動く事は出来ないはずだ。
『ハゴロモ、ハムラ!』
ハゴロモとハムラがセンリの後ろから飛び出し、カグヤに手を伸ばす。その手はカグヤにしっかりと届く。
「地爆天星!!」
ハゴロモとハムラ、二人は最後の力を振り絞る。
ギャァァァアアア
十尾が結界の中から叫び声をあげた。徐々に結界は消えて、十尾は植物が枯れるように、みるみる小さく、萎んでいった。
「おのれ……!この、ワラワ…が…」
地上の地面が次々とカグヤに引き寄せられるように閉じ込めていく。それでもカグヤは動く事は出来ない。憎悪の籠った目だけを、三人に向けた。
「許さぬ……許さ…ぬ………」
どんどんとカグヤが見えなくなって、それと比例して憎悪の言葉が聞こえなくなっていく。
封印は成功したようだった。
それは次々にカグヤに取り付き、大きく巨大になり、高く高く天へと登っていった。
完全にカグヤの姿が見えなくなると、ハゴロモとハムラは地に足をつき、崩れ落ちた。センリもカルマとの融合変化を解き、二人に駆け寄る。
『ハゴロモ!ハムラ!大丈夫?今回復させるから』
センリは二人の肩に手を置き、力を流し入れる。二人の呼吸がだんだんと整っていく。
「やっぱりセンリってすごい……」
ハムラが憔悴しきって言う。センリが首を振る。
『全然すごくなんてないよ。私がもっとしっかりしていれば…こんな事にならなかったはずだから。それに、私ももう結構限界』
三人はすでに雲の上まで登っていった塊を見つめる。動かなくなった十尾は、この戦いの終わりを意味していた。
封印石はその日から月となり、地上を照らすようになった。
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