大筒木編

-解り合えなかった親子、解り合いたかった友-



突然地面が揺れ始め、地響きが不気味に走る。三人は何事かと辺りを見回す。

「なんだ?」


「兄者、センリ!あれを見ろ!」


ハムラは遠くにある神樹を指差す。神樹はまるで生きているかのように蠢いていた。グネグネと逆再生したかのように小さくなって行く。

それが小さくなっているのではないと気づいた時にはもう“それ”は誕生した。


『なに、あれ……』


三人とも言葉が出なかった。
“それ”は今まで見たことがないような巨大な恐ろしい化物の姿形になり、雄叫びをあげている。

尾が十に分かれ、顔と思しき場所にはカグヤの額にある目と同じ形状の眼。それに神樹のときには感じなかったおぞましい力を感じる。


センリは鳥肌がたった。あれは果たしてなんなのか―――。しかしそんな事を考えている暇はなかった。


『ハゴロモ、ハムラ。私はあの神樹の怪物をどうにかする』


神樹の化物は叫び声をあげながら十本の、手のひらのような尾を揺らめかせている。


「だが…」


『大丈夫、“目には目を、化物には化物を”って言うでしょ!』


ハゴロモとハムラは少しだけ笑った。


「分かった。センリ………負けるなよ」


ハゴロモとハムラに向かってセンリはグッと親指を立ててみせる。そうしてセンリは二人のところから離れ、地を揺るがすほどの雄叫びをあげる神樹へと向かっていった。


『一体あれはなんなの……』


神樹の化物の体は異常に細く、背中にはトゲの様なものがある。なにより一つしかないその目の不気味さといったらなかった。

センリはいつも通りの表情で神樹の化け物に近付いていたが、普通の人間では即刻力が入らなくなり、立っている事など出来ないような恐ろしい程に強大なエネルギーがその体から発せられていた。伊達に幾つもの人間を生贄にしていない。この世の全ての負の力をひっくるめたような化物だった。


センリが目を瞑り、カルマを呼び出す。
するとセンリの体が光ったかと思うとカルマの姿が現れ、センリはすぐにその大きな背中に飛び乗る。


「あれが神樹、か……しかしカグヤの意思と混ざり合っているようだ。実を食べたカグヤの力も取り込み、あのような化物の姿になったのだろうな。尾が十本で“十尾”というところだろう…。我が光というのなら、あれは闇そのもの、か…」


カルマの姿もかなり大きいが十尾はそれよりもずっと大きく、おぞましい。この世の負という負を全てひっくるめた様な、恐ろしいエネルギーだ。同じ十尾は十尾でも何もかもが違う。


「センリ、聞き飽きたかもしれぬが、覚悟はよいな?」

禍々しい風を切りながら、カルマが静かに問いかけた。カグヤとの対話に失敗したセンリの本心が分からないカルマではなかったが、もうここまで来てしまうと後悔をしている暇もない。決めるしかなかった。


『正直、諦めなくない…――でもやっぱり、やるしかない』

短い言葉だったが、そこにどれだけの感情が篭っているのか、カルマは理解していた。

「我は御主と共にある」


センリの方もカルマの気持ちを察し、強く頷いた。カグヤを止めるには、この戦いは絶対に避けられない。避けてはいけない道だ。


『ハゴロモとハムラはカグヤと戦ってる。だから私たちは、これをどうにかするよ!』


するとその決意に勘づいたのか、十尾が二人の姿を一瞬その目に捉えた。かと思うと、口のようなものを開く。

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