大筒木編
-解り合えなかった親子、解り合いたかった友-
「所詮…お前達とワラワでは分かり合えぬ。ならばハゴロモ…そのワラワの力、返してもらう!」
突然椅子の後ろからハムラが飛び出し、ハゴロモに殴りかかった。
『ハムラ!?』
「母上、何を!」
ハムラはまるで操られているかのようにハゴロモを狙い攻撃をした。
「ハゴロモ…お前の言う愛が本当なら、ハムラは倒せまい」
カグヤがハムラを操っているのだと、ハゴロモとセンリはすぐに理解した。
『ハゴロモ!』
センリが叫び、ハゴロモもハムラに語りかけるが、ハムラは狂ったように攻撃を続ける。
「大丈夫だセンリ、こちらは任せろ!」
ハゴロモは外に飛び出し、ハムラはそれを追っていく。センリはハゴロモを信じ、カグヤに向き直る。
『カグヤ、あなたは昔私に言ったよね?平和な世界にしたい、って……あれはあなたの本当の気持ちだったはずだよ。なのにどうして』
センリを見下ろすカグヤの瞳はまるで人間味がなく、冷徹そのものだった。
『どうして何も話してくれなかったの?あなたは“ふたりで立ち向かう”って言ってくれた…。あの意味は、人々を傷つける力に立ち向かおうって…そういう事だったんじゃないの?』
眉を下げカグヤに語りかけるが、その表情はより冷たく、敵意があからさまになっていくだけだった。
「センリ、お前こそ約束したではないか!それなのに今、お前はハゴロモとハムラと共にワラワを裏切ろうとしている。ワラワと共にいると言ったあの言葉は、まやかしだったのか!」
カグヤは初めてセンリの前で怒鳴っていた。カグヤの怒りが顕になる度に、地面に亀裂が入っていた。だがセンリは臆する事はなかった。話をすると、決めたからだ。
『カグヤ、あの神樹は平和の象徴なんかじゃない。あの木はたぶん、この地にあってはいけないものだ。誰かが手にしてはいけないものだったんだよ。それに、カグヤだって前に言ったよね。神樹への生贄はもうしないって…。それなのにどうして?あなたの目的は何なの?』
センリは怖気づかなかった。カグヤの方もセンリのこんな目を見るのは初めてだった。いつでも柔らかな笑みを絶やさなかったセンリの瞳には、今や鋭さが宿り、それと同時に微かに悲しみも含んでいた。
自分を恐れる事もなく、それでいて確かな信頼も感じ取れる瞳――――。今では見慣れた金色の瞳だ。
それを見て、カグヤは唇をきつく結んだ。
「神樹の力が必要なのだ……“ワラワ”には」
センリはカグヤの呟くような言葉を聞いて、心臓が凍ったように、一瞬で冷えていくのを感じた。紛れもなく、それはカグヤの本心だったからだ。
平和の為に、ではなく、自分の為に。
カグヤの口から紡がれたのは、センリが何よりも聞きたくない言葉だった。センリは一度口を噛み締め、それから落ち着いて言った。
『…カグヤ、友だちだから。大切な友だちだからこそ、私はカグヤの事を放っておくわけにはいかないよ』
センリの目が変わったのを見て、カグヤは再び唇を噛み締める。
「ならば戦うしかない」
『違う!私達は、もっときちんと話し合わないといけない。本心を受け止め合わなくちゃ――』
「対話など必要ない!お前の本心はもう理解した。そしてそれがワラワの目指すものとは交わらぬ事も」
カグヤはセンリを拒絶するように鋭い口調で言い返した。
『私はそうは思っていない』
「もうお前と話す事などない!センリ、お前はワラワの味方だと思っていた。所詮お前も、ワラワを理解することは出来ないのだ…!」
カグヤはカッと目を見開く。センリが何か言う前に衝撃波が走り、センリは外に弾き飛ばされる。瞬時に身体を力で覆ったが、それが精一杯だった。
『っ……!』
突然の事にセンリは正確な受け身を取れず、次にくる衝撃に備えたが、地面の硬い衝撃は来なかった。
「大丈夫か、センリ」
ハゴロモがセンリの体をしっかりと受け止めていた。ハゴロモの目は今までの紅い瞳ではなく、グルグルと渦を巻いていた。
隣にはハムラもいる。ハムラの目を覚ますことに成功したようだった。
ハゴロモはセンリをそっと立たせ、力強く見つめた。先程までとはまた違う、強い決意と、覚悟を固めた瞳だった。
『その目…――。ごめんね、ありがとう、ハゴロモ。ハムラも無事でよかった』
「センリ、それはまだどうか分からない」
ハムラは上を見上げた。カグヤが空に浮いている。
「どうやらもう母上には“話”は通じない、か…。しかし感謝します母上、万華鏡写輪眼と輪廻眼を開眼させてくれて!」
『(輪廻眼……)』
ハゴロモとハムラは、頭上のカグヤを強く睨む。
センリも上を見上げる。カグヤは無表情で、何も言わなかった。
その沈黙は戦いの始まりを意味していた。
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