大筒木編

-解り合えなかった親子、解り合いたかった友-



しかしそれより一足早く連絡ガマが橋を渡りこちらへとやってきて、ガマ丸に何かを伝える。ガマ丸の表情は芳しくない。

「カグヤが里に戻り、ハムラと連絡が取れなくなったそうじゃ」

センリとハゴロモはハッとして顔を見合わせる。

「我々の考えは露見したか」


人間のカルマが神妙にセンリとハゴロモを見た。焦っているわけではないが、少し心配ではあった。


「対決の時が来たようだな…」


何年も修業をしていわけではないのに、ハゴロモは中身さえも凛々しく変わったように見えた。その身体にはカルマでさえ感じるほどの負荷がかかっているというのに、ハゴロモときたら外見に多少の変化が出るのみだ。

カルマは悟られぬようにハゴロモを視界の端で捉えていた。力の強大さでいえば、センリはカルマが見てきた人間の中での随一の強さだが、ハゴロモの真の力はそれよりも酷く鋭く、鋭利な刃先のようだとカルマは感じていた。



三人とも地上に戻り、人々を少し遠い国まで避難させる。もしカグヤが本気で怒ったら国一つ簡単に消せる。万が一のためだった。

馬や風呂敷などに荷物を包み村人が次々と道を移動していく。
すると一人の少女がセンリを見つけ、駆け寄ってきた。

『どうしたの?』

センリが屈んで、少女と目線を合わせる。涙を流しているわけではないが、とても哀しげだった。


「すぐ戻ってくるよね?またセンリ姉さんに会えるよね?」


少女は眉を下げて、縋るようにセンリに迫る。


『もちろん!はやくまた、みんなで遊びたいからね』


センリは少女の頭を撫でると、安心させるように微笑む。それを見ると少女は笑みを浮かべ、満足そうに去っていった。


「この地を救うためにはためには、こうするしかないのじゃ」


ガマ丸が静かに言った。
三人は屋敷へと向かい、屋敷の前に立つとハゴロモがガマ丸を見下ろす。

「ここまででいい。ここからは危険だ。お前もどこかに隠れていろ」

ガマ丸は決心したように小さく頷く。


「カグヤとセンリ、そしてそこにお前やハムラも加わるならどれくらいの規模になるのか、ワシにも想像がつかん。兄弟、これを渡しておく」


ガマ丸は札のようなものを口の中からとりだしハゴロモに渡す。

「これは…」

『うわあ、凄い力だね』


札からはセンリもハゴロモも見て取れる強力ななにかを感じた。


「すごい力じゃろ。それは蝦蟇の国に伝わるお宝じゃ。この戦いには蝦蟇の国の未来もかかっておるのでな。先人たちが命がけで作った札じゃ。どうしても仙力の補充が間に合わなかったときに使え。一度きりじゃが瀕死の状態からでも回復できる。お前はセンリと違って不死ではないからな」


ハゴロモはその札を懐にしまった。


「恩に着る」

「無事を祈るぞ、兄弟。センリもな」


そう言い残してガマ丸はピョンピョンと消えていった。センリはハゴロモに頷く。

屋敷に繋がる階段を登るとそこにはすでにカグヤが椅子に座っていた。

「母上」


「お前達は掟を破りあの山に行きましたね?センリ、お前が着いていながら……しかし隠し事は無駄です。ワラワにはハゴロモ、お前達の心が読める」

カグヤは全て知っているようだった。射抜くようにセンリとハゴロモを見る。


「ならばわたしが何故母上に怒っているかも、ご存知ですね?」


カグヤはニタリと笑った。今まで見た事もないくらい冷たい微笑みだった。


「あの娘を、愛していたのだな」


カグヤはすべて分かっていてハオリを生贄に選んだのだった。

「彼女だけではない。この地の人々みんなを。それがわたしの愛です、母上」


カグヤは鋭くハゴロモを睨む。その瞳は息子に向けるものではなく、敵対する人間に向けるものだった。


「母上、わたしは母上が何をしてきたのかも知った。なぜこのような恐ろしい事をするのです?」
ハゴロモが強く問い詰める。


「お前達は知らぬのだ、やつらの恐ろしさを。そのための兵が必要だ」


センリは意味が分からなかったが、それはハゴロモも同じだった。

「あれが兵?母上、あなたは一体何者なのです?一体どこからやってきたのです!」

静かに成り行きを見守るセンリの隣で、ハゴロモが口調を荒らげる。


「ワラワがやってきたのはここから遥か遠い空。お前では決して行けぬ場所だ。そこからやがてわらわの迎えがやってくる。愛など通用しない、通じるのは力のみの連中」


センリは絶句した。何も、知らなかった。


『カグヤ、どうして……。あなたはテンジさんを愛した。だからこそハゴロモとハムラが今ここにいるんだよ』


「だがその思いも裏切られた。ワラワは今、命をかけて力を分け与えた息子にも裏切られようとしている。そしてかつてワラワと共にいると約束した…センリ、お前にも!」


センリは今目の前にいるのがカグヤだという事が、信じられなかった。これ程までに怒りの感情を剥き出しにしたカグヤを見た事がなかった。


「母上…今一度愛の力を…――神樹のしきたりをやめてください!」

「やめぬ!」


カグヤが立ち上がり、叫ぶ。

[ 34/78 ]

[← ] [ →]

back