大筒木編
-解り合えなかった親子、解り合いたかった友-
三人は再び外に出る。心地の良い風がセンリの頬を撫でた。
「しかし…鳳凰の娘よ、お前さんは自分の力を見くびりすぎじゃ」
池の前でガマ丸がセンリに向き直る。センリは目をパチクリさせて首を傾げる。
「お前さんは自分自身で思うよりももっと、絶大な力を持っている」
センリよりもハゴロモとハムラの方が驚いたようだった。
「どういう事?」
ハムラが驚いて尋ねる。
「言葉の通りじゃ。それにお前さんはすでに仙力を使っておるぞ。いや――仙力、というより仙力と似たような力、か」
センリは訳がわからないという感じだった。
その時、突然センリの体を白い光がまとったかと思うと頭上に白い大きな鳥が現れた。カルマだ。
「それは我から説明しよう」
カルマの放つ威圧感とその空気にハゴロモとハムラは圧倒された。白銀の翼を振るって舞い降りてくる姿は、震えるものがあった。
「ガマ丸、御主達の国少しの間邪魔するが、すまぬ」
二人は顔見知りのようだった。
「二十年ぶりくらいか、鳳凰よ。別にここにはお前のことを悪く思う者などおらんよ。この娘に入ったのは正解じゃったな。お前の力をかなり上手くコントロール出来ている。残念なのは自分の力に気づいていないところじゃな」
ガマ丸が腕を組んで言った。
「一体どういう事だ?」
ハゴロモは訳がわからないようだった。カルマがハゴロモを見下ろす。センリと同じ金色の、鋭い瞳がハゴロモを見る。カルマが本当の姿を現すのはかなり珍しかったし、センリはカルマのことを誰にも話したことがなかった。
「順を追って話そう。
我は鳳凰。名をカルマと言う。馴染み深いところで言えば所謂不死鳥というところか。
我も神樹を追ってこの地に降りた。そして数千年という間、神樹と共にあった。神樹が生命を奪って成長している事は知っているな?我もすぐにそれに気付き神樹の近くで人間を近付けぬようにしていた。我はいつしか人間に、“神樹の守り神”と呼ばれる様になった。
我は長い間この状態をどうにかしてくれる者を探していた。そして目をつけたのがセンリだ。
我はセンリの中に入った。センリの中に住んでいると言えば分かり易いな。我は不死の鳥。センリは年を重ねず、死なぬ体になった。我がセンリの中から出れば別だが」
カルマは話し終えてハゴロモとハムラを見下ろす。
「センリも別の地から来たってことか?」
ハゴロモの問いにセンリがゆっくり頷く。
「昔からオレ達に力の使い方を教えてくれてたし、結構すごいんだって事はなんとなく分かってたけれど…。まさか不死だなんて」
ハムラは尊敬の念を込めた目でセンリを見つめる。
「“母”というものはどうも隠し事が多いな」
『いや、隠してた訳じゃないんだけど…。二人はまだ小さかったし』
ハゴロモがじとっと自分を見るので、センリが慌てて弁解した。
「センリは我の強大な力を見事にコントロールできた。努力家で、技術も申し分ない。我も神樹の正体には薄々感づいていた……だが、我はセンリならカグヤを止められると考えていた。神樹があのまま存在する事に賛成している訳では無い。センリならカグヤを正しき道に導く事が出来ると思っていたのだ。
しかし…我の方もカグヤを見くびりすぎていたのかもしれぬ。あ奴はもう、後戻り出来ぬ、底なし沼に嵌ってしまった。我もそろそろセンリに忠告しようと思っていたところだったが…蝦蟇殿に先を越されてしまったようだ。しかし丁度良かった。どうやらこの世界を救うのは、センリだけではないようだ」
カルマとガマ丸が目を見合わせ、小さく頷き合う。カルマもカグヤの素行には薄々気付いていた。しかしセンリなら…と、神樹の事については口に出さずにいた。カルマが思っていたよりもカグヤは、センリが払っても払いきれないくらいの闇に染まってしまっていたようだった。カルマも後悔していたのだ。
「お前達二人ははここで修業すると良い。鳳凰よ、お前さんも教えたい事があるのじゃろ?」
カルマの心を読んだようにガマ丸が提案し、カルマはフッと笑った。
「さすがはこの地に昔からいる蝦蟇殿だ…。ではその言葉に甘え、もう少しこの地を借りるとしよう」
カルマは心から後悔していた。自分がセンリに忠告をしなかったせいで、ここまで来てしまった。それならば今、自分に出来る事をすべてセンリに教えたい。遅くなってしまったが、今出来る事を。
『私もハゴロモもいないんじゃ怪しまれちゃうね。ハゴロモ、悪いんだけど髪の毛を一本ちょうだい』
ハゴロモは不思議そうにしながらも髪の毛を数本引き抜いた。センリは自分の髪も抜き、それらを地面に並べた。
そして二つに手をかざすとボン、という音がして白い煙が舞う。煙の中から出てきたのはもう一人のハゴロモとセンリだった。
『ハムラ、これを連れていくといいよ。私たちと同じように話すし、生活もするから。分身みたいな感じ。村の人たちも心配するかもしれないし、もしカグヤが帰ってきたら怪しむかもしれないからね』
ハゴロモは、完成度の高い自分をまじまじと見つめた。
「こんな事も出来るのか。なんだか自分がもう一人いるってのは変な気分だ」
「それはこっちのセリフだ」
二人のハゴロモが会話する様子はたしかになにかおかしな気がした。
『ハムラ、少しの間みんなをよろしくね』
センリは水に飛び込んだハムラに言う。
「大丈夫だ。いつまでも兄者とセンリに頼りっぱなしってのも良くない。こちらは心配しないで兄者とセンリは専念してくれ」
そう言ってハムラともう一人のセンリとハゴロモは姿を消した。
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