大筒木編
-本当の姿-
ある日の夜、センリはカグヤに呼び出され、庭に出てきていた。月がなくても星の明るさがあれば夜でもほんのりと明るい。
『どうしたの?』
センリはいつものように空を見上げるカグヤに近づき尋ねる。
「センリ、この頃ハゴロモとハムラに力の使い方を教えていると聞いた」
カグヤの白灰の瞳は夜でもよく見える。
『あ、そうそう。ハゴロモはカグヤの大きな力を受け継いだみたいでね。力の使い方もとても上手なんだよ。ハムラはね……』
「あれはワラワの力」
カグヤが目を細めてセンリを見る。カグヤの周囲の雰囲気が変わった。
「ワラワだけの…力」
カグヤの髪が逆立つ。センリも用心し、カグヤを見上げた。
『カグヤ…』
「これからは神樹に力を貯める」
普通の人間なら怖じ気付くくらいの禍々しい空気がまとわりついていた。
『どういうこと?』
「ワラワの言う通りにせよ、センリ」
カグヤが強い口調でセンリに言う。しばらく無言の時が過ぎた。
『カグヤ、最近おかしいよ。どうしたの?なにか悩みがあるなら−−』
センリは空気に気圧されることなくいつもの調子だった。
「国を治める事が出来るのはこの多大な力があるからこそ。この十年、ワラワは国づくりをしながら何時も考えていた。そして力こそが平和を作り出せるのだと分かった。力があれば他国が攻めてくることも反逆者を生むこともない。争いの種を生まなくて済む」
カグヤは静かに語った。カグヤがいつもなにかを考えていたように見えたのは、平和をつくるのはなにか…その答えを探していたのだった。
そしてたどり着いたのが、力。
『でも……それじゃ、あの時のカの国と一緒だよ、カグヤ』
力で強引にソの国に攻め入ってきたカの国。そしていくつもの命が奪われ、平和が崩れた。
「同じではない。ワラワは平和のために戦う。己の欲望を満たすためだけに力を使おうとしたあの者達とは違う!」
カグヤはあくまで平和のためだと言い張った。センリはカグヤが一度言い出したらきかないということを知っている。
『カグヤが国のみんなを本当に大切に思って、平和を望むなら協力する。でもね……』
センリの金色の瞳がカグヤを捉える。
『“ただの力”だけじゃきっとみんなは幸せにはなれないよ。そこに心がなくちゃ…』
センリの口調は柔らかかった。やはりカグヤは何も言わずにただセンリの顔を見ていた。その真意を探るかのように。
そんなカグヤを知ってか知らずかセンリは微笑んだ。
『大丈夫、ハゴロモとハムラはカグヤをとっても慕ってるよ。母親としてね』
普段人の言う事にあまり耳を貸さないカグヤだつたが、センリにどんなことを言われようと決して声を荒らげることは無かった。
センリの言う事はいつも的確だったからだ。自分が不安に感じていること、心の奥の考え、そういうものをいつでもセンリは突いてくる。
『ふぁぁあ……私もう眠いから寝るよ。また何かあったらいつでも呼んで。おやすみカグヤ』
センリはそう言ってカグヤに背を向ける。殺そうと思えばいつでも殺せそうな無防備な後ろ姿。
カグヤはセンリが見えなくなるまでずっとその後ろ姿を見ていた。
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