大筒木編
-本当の姿-
しかし、平和の陰には暗雲が立ちこめていた。
カグヤは二人を産んだ直後から徐々におかしくなっていった。
息子達の世話を放棄し、毎日、なにか思い詰めたように外を眺めて過ごした。時々ふらりと屋敷を出ては、幾日も帰らない時もあった。
センリは少し心配になり、何度か問いかけたことがあった。
『カグヤ、最近ずいぶん悩んでるように見えるけれど、大丈夫?』
センリの問いかけにゆっくりと振り向くカグヤは、少し前よりも鋭い瞳をしているような気がした。
「センリ……そなたが心配するようなことは、何もない」
カグヤの返答は、いつも同じようなものだった。
最初こそはその答えにもセンリへの気遣いや心配させないような思いやりのような色が見えたが、最近はそれが突き放すような冷たさに変わっていることに薄々センリは勘づいていた。
「他の国を見回る事は、自国を平和に保つ事に必要だ」
次はいつものような口調で、カグヤが答えた。この声音は、嘘をついていないとセンリは感じた。
『なるほどね。この地球も広いからね。色々見て歩くのは良いかもしれないね』
センリはカグヤを見上げ、穏やかな笑みを浮かべた。無意識の内にカグヤは口角を僅かに上げていた。
『ハゴロモとハムラのお世話なら、任せておいて。二人ともびっくりするくらいしっかりしてるから、私はあんまり必要じゃないかもしれないけど!』
その言葉通り、ハゴロモとハムラの世話はほとんどセンリと乳母がしていた。乳は国の他の母親達から貰い、飲ませた。家政婦もいたが、カグヤが心を許さなかったために何人も首になった。
センリ一人で二人の子供を育てるのはさぞ苦労するかと構えていたが、そこはやはり普通の人間とは違う。二人は驚くほどの成長を見せた。
半年で全ての歯が生え揃い、六月が過ぎるとスムーズに歩き、二歳になる前に、普通の大人と会話ができるようになった。
しかしやはり子ども。
大変なこともあるが、純粋無垢な心に触れ合う事はセンリにとってとても楽しかった。
センリの方も、子どもを育てるのは初めてのはずだったが、何にしても体が勝手に動いていた。なぜか体がそれを覚えているようだった。
二人が産まれて二年が過ぎると、カルマもまた時々センリの頭の中に出てこれるようになった。無限月読の後遺症は全く無いらしい。
やはり不安の種はカグヤで、二人の息子が成長するにつれて口数が減り、一日中センリ以外とは話もせず、何も口にしないときもあった。
いつも心配そうに神樹を見つめて、フラッと屋敷を出てはいつの間にか戻っている。
センリはカグヤが他の地を見て回っているのだと理解していたし、一人になりたいときもあるだろうと深追いはしなかった。
それ以上に二人の子育て、そして日々の修業でセンリは忙しく過ごしていた。
カルマが実体化できない分、センリはカグヤに従える部下たちに練習を申し込まれ、それに応えた。センリの腕の良さはすぐに広まり、それがまた国に人を呼び込んだ。
二人の容姿も人々を魅了する要因になった。
つり目がちで切れ長の瞳、白灰の髪と目を持つ気品のある顔立ちで近寄り難い、刺のようなつんとした凛々しい美しさを持つカグヤ。
大きな潤いを含んだセンリの黄金の瞳は、笑うと優しく垂れ、陶器のような肌と絹のような髪はいつも太陽の光に煌めいている。
分類は違ったが、美しい女性二人が共に国を治めているというのはなにか神聖なものがある。二人見たさにこの地に訪れる者も少なくはなかった。
カグヤは自らの目を“白眼”そして額の目を“輪廻写輪眼”と名付けた。“輪廻写輪眼”は、もともとは“輪廻眼”、“写輪眼”と別々のものらしい。
センリにはよく分からなかったが、カグヤの元々いた地ではそう呼んでいたらしい。
少し形状は違うが、センリの力は“輪廻眼”の力とよく似ているらしい。しかしもちろんセンリの身に覚えはなく、カルマも「輪廻眼ではないだろう」と予想していた。
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ハゴロモとハムラが五つになるころ、カグヤが治める国はとても有名になり、そして栄えた。村は賑やかだった。
センリは二人を世話しながらもカグヤを母親だと教えた。ハゴロモとハムラはセンリを慕いながらも、カグヤを母だと理解していた。
ハムラは兄のハゴロモよりは活発で、森に出向いては自然の中で遊び体を動かす事が好きだった。兄とセンリの事を誰よりも慕い、そして信頼していた。
兄のハゴロモは何事にも冷静に対処し、川のせせらぎを聞いて静かに過ごす事が好きだった。動物たちにもやさしく接することが出来るこどもだった。
二人共性格は違ったが、あまり喧嘩もせず、仲良く育った。子供ながらお互いに信頼しあっているのが見て取れる。
二人はセンリによく懐き、よく遊んだ。
十になると二人はセンリと一緒に修業をしたいと言い出し、センリは時々二人とともに力を高め合った。
しかしこの年を境に、国の人々の態度が徐々に変わってきていた。センリは村でも気さくに人々と話をしていたので敏感にその雰囲気を察知した。
ただ、なぜ人々の態度が変わりつつあったのかその時はまだよく分からなかった。
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