- ナノ -


大筒木編

-本当の姿-



センリが次に目を覚ますと、最初に見えたのは自分を心配そうに覗き込むカグヤの顔だった。少し頭の中がボーッとしていたが、すぐにどんな状況なのかが理解出来た。


「そなたはいずれ必ず目を覚ますと思っていたが、しかし…もう一ヶ月も眠ったままだった」

センリが起き上がるのを、カグヤが支えた。センリは頭を押さえながらゆっくりと体を起こす。頭はハッキリしていたが、身体は鉛のように重かった。


『一ヶ月か…通りで体が重い』

センリが周りを見回すと、そこはどこかの部屋のようで、センリは布団の上に寝かされていたようだった。

「センリ、ワラワにはそなたが必要…。共に、平和な世界を目指そう」


カグヤの目は真剣だった。センリはふと、あることに気づく。

『カグヤ、角が…』


何もなかったはずのカグヤの頭には、角のようなものが二つ生えて、額にはもう一つの瞳があり、瞼が閉じられている。


「これは神樹の力を授かった証拠。この力でワラワは、この地を治める」


カグヤは揺らがないようだった。センリは前にカグヤが言っていたことを思い出した。

“平和な世にしたい”

根底にその感情があるのならば、この先の未来は如何様にも変えられる。カグヤのそれは、純粋な平和に対する気持ちのようにセンリは感じた。センリは真意を探るように、カグヤの瞳をじっと見返した。


『………分かった。私はカグヤの側に居るよ。でももう、誰かを神樹の生贄にするなんてことはしないようにしよう。それだけは約束して』

カグヤの方も、センリの言葉の意味を探すように、見つめ返した。


「センリ、あの国の者たちは、どんな事があろうと戦いをやめようとはせぬ。あの状況を打破するにはどんな方法も――――」

『カグヤの言いたいことは、分かる。戦いの連鎖は、断ち切らなければならない…あの時はすごく難しい状況だった事も分かる。神樹が捕まえた人間はもう助からないことも…知ってる』

センリは穏やかな口調で、優しく言い聞かせるように語りかけた。


『あなたがやった事は、私も一緒に背負うよ。必ず、戦いが起こらない世の中にしよう。あなたは確かに強大な力を手に入れたけど…その力だけを頼りにしないで。私が、側にいるから』


センリは無限月読を行使したカグヤを責めることはしなかったが、もうこんな事は絶対に起こしてはならない、その為には自分もカグヤの罪を共に背負うつよりだった。センリの真剣な眼差しを見て、カグヤは一瞬何を言おうとしたのか分からなくなってしまった。

ただ、これだけは言えた。
センリはすべてを分かっている。

カグヤは必然的にそう思った。すべて分かっていて、そして自分の考えに同調し、そして側にいると言った。センリとなら…。自分と同等の計り知れない力を持ち、そしてそれに見合った心も携えたセンリなら。二人でならきっと。


「“立ち向かおう”、ふたりで」


カグヤは滅多に見せない微笑みを浮かべセンリの手を握った。センリはしっかりと深く、頷いた。


『そういえば、お腹の赤ちゃんは大丈夫なの?』


ふと思い出したようにセンリがカグヤに問いかける。着物で隠れて分からないが、一ヶ月も経ったのなら少しは腹もふっくらしてきたかもしれない。


「あと三月もすれば産まれるだろう」

『三ヶ月!?うそ、ずいぶん早いね。気をつけて生活しないと』



―――……しかしそんな心配は必要なかったのか、何の問題が起こることもなく月日が過ぎた。

それから三月の間で、人々がこの地に集まり、カグヤのことを“兎の女神”と崇拝し、讃えた。センリはカグヤが唯一心を許す側近として、すぐ傍にいた。

水も食料もあり、作物も豊富に育つ。噂が噂を呼び、カグヤを主とした国はどんどん大きくなった。

神樹はさらに大きくなり、有名に、国の目印になった。


カグヤが産んだ子は双子の男の子で、センリが取り上げる事となった。すんなりと出て来てセンリもびっくりしたくらいだ。

カグヤは兄をハゴロモ、弟をハムラと名付けた。二人とも瞳はカグヤと同じ白灰色で、そして角があり、ハゴロモは薄茶、ハムラはカグヤと同じ髪色をしていた。

国の者達は二人の誕生を喜び、讃える宴を行った。

新しい命の誕生は、心から嬉しかった。

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