- ナノ -


大筒木編

-大筒木カグヤと神樹の力-



『んん…ここ……』


センリが目を覚ますとそこは白い空間があるだけの不思議な場所だった。

「センリ」

センリは目をこすりながら起き上がると、目の前には白い光を放つ神鳥がいた。


「ここは御主の頭の中にある我がいる空間だ。気分はどうだ?大事はないか?」

センリはゆっくり立ち上がる。頭痛がしたが、身体の方は問題ないようだ。随分長く眠っていたようにも感じる。


『うん、大丈夫……カグヤたちは?』


神鳥は神妙な表情をした。
センリはふと自分の右手を見ると、矢が刺さり傷になったはずの跡は跡形もなく綺麗になくなっていた。


「どうやら我の予想は当たってしまったようだ。カグヤは禁断の神樹の実を口にしてしまった…。それにより、人々を無限に幻の中に閉じ込める無限月読を発動させた。この地に住む者達は皆、神樹の餌食になってしまった。」

『まさか……まさか、カグヤがそんなことを…――』


センリは驚きと悲しみに顔をゆがめた。神鳥は話を続けた。


「我はカグヤが無限月読を実行させるのとほぼ同時に御主をこの空間に引き込んだので、仔細は分からぬが…この地球の全ての人間にかけた訳では無いだろう。我の予想だが、幻術にかけたのは恐らく彼の国と其の国の者たちだろう。

そして力を手にしたカグヤは今、膨大なその力でこの地を治めるつもりだ。どちらにせよ、神樹に取り込まれた者は普通は助からない。神樹の養分になっていくだけだ。幸い我とセンリには効果はなかったようだが…」

センリは記憶を辿る。
祖の国の襲撃に遭いアイノが死に、カグヤが無限月読をした。
……大丈夫だ、ちゃんと思い出せた。


「我は数千年という長い間神樹と共にあった。我も気づかぬ内に神樹のエネルギーが我にも移っていたようだ。神樹はセンリを自分の一部だと認識して捕らえようとはしなかったようだ。今、センリは意識を失っている状態にある。大丈夫だ、時期に目が覚める」

神鳥はセンリを安心させるような口調で語り掛けた。


『ごめんなさい…結局、あなたが恐れていた状況になってしまった…。カグヤを止めようと思えば止められたのに……アイノも…国の人たちも……――』


センリは俯き、涙をこらえた。

自分の不甲斐なさがやるせなくて拳を握り締める。手のひらに爪が食い込み、血が出ているのではないかと思った。しかし、それ以上に胸が痛んだ。

慕ってくれていたアイノも村の人々も死なせてしまった。自分だったら、カグヤを止められたかもしれないのに。


「いまこうして御主を此処に呼び出すことに多くの力を使ってしまっている。これからあまり頻繁には会えないであろう。このあと目が覚めたら、御主はどうする?」


しばらくの間センリは下を向いていたが、突然バッと顔を上げた。涙目のその黄金の瞳は、強い意志に満ちていた。

神鳥はじっと、センリの不思議な美しい瞳を見つめた。


『私は、カグヤの側に居る。きちんと伝えて…そして私が支える。世界は難しい事ばっかりで、どれが正解かなんて私だって分からないけど…。でも、一人で間違った道を進もうとしてしまったらそれをどうにかするのが友だちってものだ』


センリの目には迷いがなくそれでいて確固とした信念がこもっていた。センリは微笑んで神鳥を見た。


「やはり御主の一番の武器は、その強靱な心だ。センリ、我は御主についていく。何処までも」


神鳥もくちばしの端を少しあげて深く頷いた。
この娘はどんな辛い事があろうとこうして乗り越えていくのだろう。“前”もそうだったように…。
強く美しく、そして凛々しい表情を浮かべるセンリを見て、神鳥は確信していた。



『それから…ずっと思ってたんだけど…あなたに名前をつけても良いかな?私達、これからずっと一緒にいるんでしょ?』

突然の申し出に、神鳥は鳩が豆鉄砲をくらったような顔をした。鳩よりかなり大きく、神の分類だが。


「ふむ…我は不死の鳥鳳凰であるが、それとは別にか?」

『うん。だってそれは通り名みたいなものでしょ?』

センリは顎に手を当てうーんと考えた。
そしてすぐに閃いたようだった。


『そうだな、カルマってのはどう?パッと出てきたんだけどね』


「カルマ……我が、“カルマ”か…」


神鳥は考えるように瞳を動かした後、その大きな翼をふるやかな動作でふるった。


「人間に名前を貰ったの初めてで神妙な気分だ……が、悪くない。わかった、我の名は今からカルマとしよう。不死鳥鳳凰、名をカルマ」


センリはニッコリして手を差し出した。


『改めてよろしくね、カルマ』


カルマはセンリの顔の三倍もある、翼についた鉤爪を差し出した。そこに小さな手が触れる。なぜかカルマの中に、あたたかい気持ちが流れ込んだようだった。
だが、センリが差し出した手がうっすらと透けて見えるのが分かった。


「もう御主が目を覚ます時間のようだ。幻術にかからないとはいえ、僅かながら我も無限月読をくらった。力を充分に戻すまでは時間がかかる。しかし我はいつでも、御主とともにある」

ふと見ると、カルマの体がボロボロと銀色の塵になって崩れていく。センリが驚いて何かを言う前に、カルマが口を開いた。


「案ずるな。今日が“燃焼日”なだけだ。またそのうち生まれ変わる。そして我は少しの間眠る。それまで達者でやれ」


辺りがまばゆい白い光に包まれセンリはまた意識を手放した。


「御主なら……大丈夫だ………」

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