大筒木編
-大筒木カグヤと神樹の力-
日も暮れて辺りがまた暗くなってきても三人は歩き続けていた。もうすぐ森を抜けようとしていた。
『カグヤ、どこに行くの?ソの国はこっちだよ!』
カグヤはセンリとアイノの手を引っ張り、ソの国とは反対方向へ行こうとしていた。
『テンジさんに本当のことを話そう!そんで分かってもら……』
「神樹のところへ」
センリはハッとしてカグヤを見る。
その時カンカン!という鐘の音が遠くから響いてきて三人は後ろを振り返る。
「あれは…追っ手!」
そこには何百とも言う集団が火を掲げこちらに向かってきていた。
『!!』
突然矢が降り注ぎセンリが構えると、それより早くカグヤが前に出て矢を弾き返す。しかしその弓にはソの国の印が印されていた。
「これは…!ソの国の…ということは…追っ手はテンジ様…!」
追っ手はカグヤを殺そうと迫ってきたソの国の人々だった。
「急ぐのです。ワラワの運命は神樹とともに!」
カグヤはセンリとアイノの手をつかみ再び走り出した。
『カグヤ!神樹のところへ行ってどうするの?』
センリの問いかけにカグヤが答えることはなかった。カグヤはただ前を見て走り続けた。なにかに執着したように。
森を抜けるとすぐその先には驚くほど大きな神樹がそびえるのが見えた。
『カグヤ!今からでも遅くない、ちゃんと話して分かってもらおう!』
「そうですカグヤ様!事情を話せばきっと…」
シュッと鋭い音がして三人の足下に矢が突き刺さる。追っ手はもう森を抜けそこまで迫っていた。
カグヤがまた矢を振り払おうとするがガクッと腹を押さえ膝をついた。
「力が……」
崩れ落ちるそれを見て何かを察したようにアイノが言った。
「カグヤ様…まさかお腹に稚児が…」
『赤ちゃんがいるの?』
センリがカグヤに駆け寄りアイノは素早く頷いた。
「ひどい…それなのにテンジ様は……」
歯を食いしばるように呟きアイノは立ち上がり軍勢に目を向ける。
「なんとしても、神樹に……」
カグヤは苦しそうな声を出した。
「センリ様!カグヤ様と共に行ってください!ここは私が…」
『ダメ!アイノ!』
センリの制止の声も聞かずに軍勢に向かってアイノは走り出した。
「テンジ様!!お聞きください!カグヤ様のお腹には……!」
アイノに降り注ぐ矢めがけてセンリも敵の矢をかわしながら矢を射る。的確にそれは当たったが何にせよ数が圧倒的に多すぎる。
「うぅっ」
『アイノ!』
矢がアイノの胸に突き刺さりアイノが倒れ、センリは駆け寄る。
「待って!」
カグヤの声はセンリには届かず次の矢がアイノに突き刺さる。
「センリ…さま……カグ、…稚児…を……」
アイノの意識はだんだんと薄れていった。センリはアイノの胸に手を当てた。回復させようとしたがもう間に合わなかった。
『アイノ!大丈夫、私が…絶対守るから!』
アイノが息を引き取ったのが目に見えて分かった。だが飛んできた矢がセンリの右腕にも刺さる。
『っ!!』
燃えるような痛みを堪えながらセンリはアイノに次の矢が当たらないよう前に立ち前を見やる。するとまわりに白い光がたちまち現れセンリとアイノを包み込んだ。矢はそれに当たり消えたようになくなっていく。
『これは……』
センリが後ろを振り返ると、カグヤはもう神樹の元にたどり着こうとしていた。
同じ時、カの国の軍勢はソの国に攻め入り、攻撃を始めるところだった。
カグヤが望んだ平和とは程遠い、壊滅的な状況。テンジは神樹の周りを取り囲む丘の上に立ちかつての妻をじっと見ていた。
『カグヤ!!』
センリの声は届かずに、神樹の下に立つカグヤの元に不思議な光をまとったものが落ちていく。
『まさか……あれは…!!』
このままではまずい。センリがそう思った瞬間カグヤが光り輝く神樹の実を口にする。するとカグヤの体にも眩い光が纏い、カグヤが空へと飛んでいく。
額には紅く、紅く染まった瞳が開き、空へも同じ時紅い巨大な目が開く。
「この世を照らせ…無限月読!!」
瞬く間に辺りが眩しいくらいの日の光に包まれ、人々の目が渦を巻いていく。
『なっ、なに!?』
センリは目を開けていられなかった。カの国の者もソの国の軍勢も動けなくなり立ちすくむ。
次の瞬間神樹がなにかに取り付かれたように暴れ出した。まるで生き物のように枝で人々を捕らえていく。人々は抵抗もできずに次々と絡め取られていった。
『カグ、ヤ……』
捕らえられていく人々と遠くに見えるカグヤの後ろ姿を最後にセンリの意識はぷっつりと途切れた。
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