Prism Transparent

59.運命はときどき苦い

「ひゃ〜、こう見ると大きいね〜」

場所は変わってオルダ宮の前。
建物の足元から頭の天辺まで流し見たあたしは、小声を心がけて声を上げる。
オルダ宮は一本の発光木を、精霊術を使ってたった5年で王宮へと育てた、異例の建物だった。外から見ると大樹そのもので、トトロの木以上の迫力を感じる。いやまあ、トトロの木、見たことないけど。

もう一つの当たり前要素としては、カン・バルクのお城とは雰囲気が全く違っていた。精霊術の光も合わさってすごく幻想的で、お伽噺の世界に入り込んだ気分になる。
そうしてあたしがオルダ宮を眺める中、皆は真面目に王宮の状況を確認していた。

「なんだか警備が手薄じゃない?」

レイアが言った通り、王宮前の警備は手薄だった。門前に数人立っているだけで、それも数えられる程度。王様が住まう場所と考えると、違和感のある警備だった。

誰が見ても「今のうちに!」という状況だけど、あたしたちが突撃したのと同時に、増援を呼ばれる可能性は否定できない……として、ミラは慎重に進むべきだと考えていた。
んだけど、ヒゲを触っていたローエンが、神妙な顔持ちで話し出す。

「一度やってみませんか?」

と。
ローエンの発言に驚いた一人であるアルヴィンが、呆れ気味に食いかかった。

「おいおい、珍しくミラが慎重にって言ってんのに」
「考えがあるのか?」
「考えと言うほどのものではありませんが、どうでしょうか?」

すごく曖昧な言い方をするローエンだったけど、ローエンは誰かさんと違って、皆からあつ〜い信頼を獲得しているので。

「ローエンがいうなら、そうした方が良い気がする」
「ローエンが一番ラ・シュガルを知り尽くしてるもんね」
「それじゃ、行こっか」

という風に話はまとまり、あたしたちは強行突破することにした。
んまあ、大丈夫ってのは知ってるから、そこんところの心配は不要であり……。伝えられないあたしは、皆と一緒にさくっとさらっと、警備を片付けた。

ラ・シュガル兵を倒したあとも警戒を解かず、武器を持ったまま様子を伺ったけど、案の定、増援はなかった。
それを計算しての、強行突破だったのか。全員が、ローエンへ振り返る。

「すでにラ・シュガル軍はア・ジュールとの戦いに向けて動いているのかもしれません」
「戦いが迫ったら王宮の守りは厚くなるんじゃないの?」

レイアの質問に、ローエンは首を降る。
イル・ファンは南北の要害に守られていて、決戦都市としては作られていない。つまり街の内部まで突破されれば、敗戦も同然……。
という点から、戦時下は兵の大半が街を離れ、海上の防衛とガンダラ要塞に配置されている、とローエンは語った。

土地を理解しての戦略に、あたしはなるほどなあと。何より、増援が来ないということは、ローエンが教えてくれた戦略がすでに始まっている、ということにもなる。
もはや待ったなしの開戦を阻止するため、あたしたちはオルダ宮へと侵入した。

オルダ宮の内部は、一本の木で作られているというだけあって、部屋全てが円状に並んでいた。
当然の話、ラ・シュガル兵は中にも配備されている。あたしたちは警備を倒しながら、転移装置である蓮華陣を使って、ぐるぐると、上へ上へと、登って行った。

やがてオルダ宮の中で、どの扉よりも豪華な、"いかにも"な場所に辿り着く。
間違いなくナハティガルが居座る謁見の間。微かに聞こえる話し声を割いて扉を開けると、明かりの灯らない薄暗い空間が広がっていた。
外の景色を一望できる巨大な窓ガラスの前の玉座には、ナハティガルが。その前で、報告を行っていたのであろうジランドが、傅いていた。

たしか、侵入者の報告をしていたん……だっけ。噂をすればと言った間合いで現れたあたしたちに、ジランドは身じろいでいた。

「来たか、マクスウェル。まさかあのケガから復活するとは」

対し、ナハティガル本人は、まんざらでもなさそうで。
両足でしっかり立っているミラを見て、感心を漏らした後、ジランドへ向き直った。

「貴様は槍のもとで待っておれ。マクスウェル狩りのあとは、北の部族狩りと行くぞ」
「かしこまりました」

ナハティガルの命令を聞いたジランドは、一礼してその場から立ち去る。めちゃくちゃ『従ってます』な雰囲気を出してるけど、ジランドにとっては計画通り……なんだろうな。

あたしが謁見の間から捌けるジランドを目で追っている間に、ナハティガルの意識はローエンに移っていた。

「イルベルト。主である儂に本気で逆らうのか?」
「私の主はクレイン様、ただお一人だけです」
「ふん。今なら許してやろう。儂のもとに戻ってこい!」

ローエンの実力を誰よりも知っているナハティガルは、未だ反抗的なローエンに一度だけチャンスを与える。
けど、ローエンの答えは変わらない。考える間すら作らず、ナハティガルの誘いに首を振った。

「あの頃、あなたの内に見た王の器は、すっかりかげりを見せてしまった」
「ふん。儂以外に王にふさわしい者など存在はせぬ」

褪せないナハティガルの傲慢に、今度はミラが零す。

「まだ分かってないようだな。人を統べる資格とは何かを」
「資質など王には無縁。王は生まれ出ずるときより王よ」
「だから、民を犠牲にしていいと?」
「そうだ。それが儂の権利だ。精霊も、今に支配してみせよう」

不敵な笑みを浮かべ、自信満々に話すナハティガルだったけど、そこがなんというか……本当にガイアスと対局だなあ……とか、なんとか。
これぞ世にいう『小物』感。『いかにも』な倒される敵ポジションだとあたしが思ってしまう中、ジュードくんが前に出た。

「人も精霊も、あなたなんかに支配されたりしない!」
「小僧が……。マクスウェルとつるんですっかりつけあがりおって」
「僕のことはなんとでも言っていい。でも、ローエンがどれだけあなたのことで悩んだのかも、理解してあげられないの!?」

悩む、ということは、それだけ大切。ということ。ローエンがナハティガルを友人として大切に想っていたからこそ、今があるのに。
残念ながら、ナハティガルには響かなかった。

「民が悩むなど当然!貴様らに安穏と生きる権利などない!儂のために命を費やせ!それが儂の民たる者の使命だ!」

ナハティガルの在り方に、ミラは「救いようがないな」と。凝り固まった考えを溶かすのが、容易でないことを知る。
ここでもう少し強く押せば、何か変わるかもしれないけど……

「……難しいね」

ナハティガルを良く知っているローエンにも無理なら、きっとあたしなんてお呼びじゃない。
相手の意思を尊重して一緒に落ちるのが親愛じゃないから、こうなっている。対等な立場であればあるほど、『間違っている』と教えるのは簡単ではないから、こうなっている。

衝突が避けられないことは、ナハティガルも感じていた。

「時間の無駄だったようだな。今、全てを終わらせてやる」

そう言って、ナハティガルは武器である大槍を手に取る。身長以上ある槍は、振り払っただけでブゥンッと音を立てて、空気を切り裂く。大きさだけでなく、重量からも只ならない威力を感じた。

そして、そこに加わるのは、

「クルスニクの槍が吸収したマナの部分転用よ」

だった。
ナハティガルは自身の槍にマナを注ぎ込み、力を増幅させる。戦闘態勢に入ったナハティガルを見たローエンは、ここに来るまで願っていた可能性に、見切りをつけた。

「私は、あなたを同じ道を進む友だと思っていましたが……、どうやらもう引き返す道はないのですね」

切なげに呟いて、剣を抜くローエン。
その隣で、あたしもボソボソと独り言を発しながら、刀を手に取った。

「いやあ……あたしが落ちた場所がア・ジュールで良かったと、心の底から思うよ……」

今まで深く考えた事なかったけど、ほんと恵まれてたんだなあって。
仮にラ・シュガルに落ちていたら、あたしは今頃どうなっていたことか……。考えるだけで恐ろしい。

自分の幸運に感謝して、前を見る。皆も、武器を構えていた。

「覚悟しろ、ナハティガル!」
「見せてやる。リーゼ・マクシアを統一する力を!」

ナハティガルが槍への充填を終えたと同時に、戦闘が始まった。

ナハティガルの矛先は前衛を駆けるミラやジュードくんに向いていたけど、旧友であるローエンにも攻撃が集中していた。
外野であり、前衛に向いていないあたしは前に出ず、後方でひたすら精霊術を展開する。けど、ナハティガルの大槍が繰り出す一振りは、数人を巻き込む広範囲の攻撃で、油断はできなかった。

できる限りナハティガルと距離を取って、詠唱して、発動する。
それを繰り返して生まれる隙を前衛は見逃さず、畳み掛け、やがて───

「ぐうぅ……」

ミラはナハティガルの槍を弾き飛ばし、再び握らせまいと腕に深手を追わせる。一箇所から全身に伸びる痛みに、ナハティガルは膝をついた。決着だ。

「バカ者どもが……儂を殺せばラ・シュガルはガイアスに飲み込まれるぞ……」

追い込まれたナハティガルは、乱れた呼吸で重たい体をズルズルと引き摺って、玉座へと戻っていく。

「ですが、王とて罪は償わねばなりません」
「関係あるか!クルスニクの槍があれば……。儂は絶対の力を……」
「ナハティガル!人の分を越えた力は世界そのものを滅ぼす。お前も同様だ」

世界には、世界が保つ均衡があり、それを崩す力は世界に悪影響しか与えない。クルスニクの槍なんて、その代表と言っていい力がある。

勝負がついて尚、惨事を繰り返すのなら、今ここで終止符を打つ。
改める様子のないナハティガルに、ミラは剣を構え直したけど、エリーゼが慌てて前に出た。

「ミラ、待って!この人は、ローエンの友達だから……ローエンに……」

ナハティガルについて悩むローエンを、一番近くで、長く見てきたエリーゼの思い遣りだった。
12歳の女の子がこんなこと考えられるなんて、すごいよね。友達を自分の手で、なんて。あたしには想像できないもん。

エリーゼの配慮に頷いたローエンは、玉座に腰を下ろして浅く呼吸しているナハティガルへ、ゆっくり歩み寄る。

「ナハティガル。この国には民を導く王が必要です。私もあなたと同じなのです。背負うべき責任から目を背けた」

その瞬間に、ナハティガルははっとする。現在までの経緯は、誰よりも理解していた。

「まさかイルベルト、貴様……」
「私とあなたとで、もう一度ラ・シュガルの未来を……」
「貴様は儂の生み出した業まで背負って……」
「構いません」
「ローエン……」

今までファミリーネームで呼んでいたのが、突如名前呼びに変わって。鋭い視線が、友人を見る柔らかい眼差しになって。
その瞼が落ちる前に。あたしは詠唱を始め、ナハティガルに防御壁を張ろうとした───けど。

「っ……!」

頭上で輝く、何か。
キラッと反射したそれに、心臓がヒュッと縮む。背筋が凍って、集中が途切れた。

「皆、避けて!」
「何者だ!?」

ナハティガルを貫くはずの氷の刃が、あたしたちに向かって降り注いできた。
……いや、違う。

「(……なんで、こっちにまで攻撃が来たの?)」

氷の刃はナハティガルだけじゃなく、あたしたちにも飛んできた。が、正しかった。
ナハティガルが座っている玉座にも氷の刃が右左上と交錯して、ナハティガルの体も、一緒に串刺しにされていた。

これは、間に合わなかった、んじゃない。

「(邪魔、された……?)」

アルヴィンを見たら一発で答えがもらえると思う。でも、今ここでアルヴィンを見たら、あたし側の答えをアルヴィンに渡してしまう。
アルヴィンがジランドに何かしらの情報を流している確認が取れないまま、皆の意識は第三者に向いていた。

「まさか狙いは……!」
「クルスニクの槍!?」

部屋をぐるりと見渡しても、そこにはあたしたちしかいない。術を放てる位置にいるのは確かだけど、どこにいるかまでは分からなった。
事態はまだ収束していないどころか、新たに始まろうとしている───そんな予感だけを、残して。

「私は大丈夫。行きましょう」

玉座に身を預け、ピクリとも動かなくなったナハティガルは、すでに息を引き取っている。
和解間際の悪質な攻撃によって引き起こされた、友人との強制的な別れ。悼む時間はないと悟っているローエンの静かな催促から、あたしたちは虚しさを抱えたまま、クルスニクの槍を探した。




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