Prism Transparent

51.欠落したラストシーン

エリーゼとレイアの仲直りを済ませ、アルヴィンの提案を飲み込んだあたしたちは、空中滑車へと向かった。王城に乗り込んでいいものか……と行動とそぐわない会話を交わしながら、緩やかに昇っていく空中滑車で山脈超えを短縮する。
王との謁見を待つ国民の行列を無視し、王城の門を通り過ぎ、足を止めた。

「お城の前、行列だったね」
「みんなの声をちゃんと聞いてくれる、いい王様なんだね」

王城の門前に立ち並ぶ国民の数が、支持の高さと言ってもいいのかもしれない。数を見たジュードくんとレイアはそう言って、まだ見ぬア・ジュール王ことガイアスに好感を持っていた。
いやまあ、良い王様なのは確かなのですが〜。

「現在のア・ジュール王は、かつて混乱を極めた国内を、その圧倒的なカリスマで統率した人物だと言われています」
「全員が、とは言わないけど、評判はすごく良いと思うよ〜」

完全なる支持を貰うのは、どこの国でも難しい話と言いますか……。ファンがいるならアンチも存在する、というやつでしょうか。
ローエンとあたしの言葉を聞いたレイアは、幸先が良さげな雰囲気に、嬉しそうに話を続けた。

「それなら、わたしたちにも協力してくれるよ」
「だが、影でエリーゼのような境遇の人間を生み出しているのであれば許せはしない」
「ミラ……ありがとう……です」

完全に白、とは言い難い要素を指摘したミラに、エリーゼは微笑む。ミラが友達として自分のことを考え、想ってくれていると、今のエリーゼにはきっちり伝わっているんだろうな。
ただ新しい研究所に行ったことがある身としては、変なことはしていないよと断言できるけど、増霊極の研究自体が良いことなのかと問われると……難しい。

と、王城の入り口にある階段前で、話し込んでいたとき。タイミング良く謁見を終えたユルゲンスさんが降りて来た。
宿で待っていると思い込んでいたであろうユルゲンスさんは、あたしたちを見ると少し驚く。ジュードくんが慌てて口を開いた。

「ごめんなさい、待ちきれなくて」
「いや、ちょうど良かったよ」

宿まで行く手間が省けたといった様子で、ユルゲンスさんは首を横に振った。
どうやら本来の目的であるワイバーンの件は、問題なく進んだらしい。つまり、空を飛べるということだね。

「それと、ミラさんに頼まれた謁見の件だが、ちょっと驚いたよ」
「………?」
「みんなの名を伝えたら、逆に陛下が会いたいって仰ったんだ。ひょっとして、ラ・シュガルじゃ有名人なのか?」

ユルゲンスさんがそう言った瞬間、ミラやローエンの空気感が変わったのが分かった。普通は名前で通じて、王様から直々に会いたいなんて、言われないもんね……。警戒心のある人なら、引っ掛かって当然の流れである。

同じく違和感を感じ取っているジュードくんも「そんなことはないと思うんですけど……」とユルゲンスさんの質問の答えを濁していた。ある意味で、ラ・シュガルでは有名だから、複雑なところだね。
そんなあたしたちの歪な雰囲気に、ユルゲンスさんは気づかず。

「闘技大会の結果が陛下に届いたのかな。それならキタル族にとっても栄誉だ」

心底嬉しそうに、穏やかな笑みを浮かべていた。その後は先にシャン・ドゥに戻り、ワイバーンの準備をしておくと言い残し、あたしたちの前から去って行くのだった。
ユルゲンスさんの背中が小さくなるのを見届けながら、思わぬ歓待に思うところのあるあたしたちは、その場で集まる。

「何かの罠だったりしないよね?」
「あまりいい予感はしませんね」
「そうかなー、会えないで帰るよりはよかったじゃない」
「ううん、とてもポジティブ」

消極的なジュードくんとローエンに対し、けろっと答えるレイアにあたしは感想が溢れる。あの行列を見ると、今日は会えないんじゃと不安になるのは不思議じゃないし、そういう考え方も良いよねと。
警戒心を持つチームと、楽観的に考えて場を明るくさせるチームに、分かれることにしましょう。

そうして今後について話すあたしたちだったけど、会話に馴染まず考え耽ける人物が一人。言わずもがな、アルヴィンである。
彼が口を閉ざし考え込むときには何かある。と察したミラが、アルヴィンを捉えた。

「また隠し事か、アルヴィン?」
「ったりまえだよ。だから俺は魅力的なんだ」

けどアルヴィンはミラの言葉に対して惚けるわけでも、否定するわけでもなく、謎の肯定をしてみせた。ミラはアルヴィンの意図を理解しようと考える素振りは見せたものの、結局答えは出ず、ジュードくんに助けを求めていた。

「ジュード、今のはどういう意味だ?」
「秘密のある男はかっこいいとか言うからね……ははは……」
「自分で言っちゃ、価値下がるやつだと、思いますけれど……」

きょとんとしているミラに対して、呆れから乾いた笑いを零すジュードくん。ジュードくんに意味を教えてもらっても、ミラから疑問が解けることはなかった。
あたしもどちらかと言うとジュードくん側なため、変なものを見る視線をアルヴィンに向けてしまった。あたしの場合は"これがアルヴィン"で、終わることは終わるんだけど。

すると、王城の前で立ち止まっているあたしたちの中で、アルヴィンが「さっさと王様に会いに行こうぜ」と言って最初に歩き出した。
通り過ぎるアルヴィンを見たジュードくんは、振り返る。

「アルヴィン、ウソは嫌だからね」
「お前たちが俺を信じてくれてるってのは知ってるよ」

アルヴィンを引き止めて言うジュードくんに対して、アルヴィンはあたしたちに背中を向けたまま言い放つ。
そこでもアルヴィンは否定も肯定もせず、言うだけ言うと、王城へと続く階段を上って行くのだった。

アルヴィンの言葉から、信頼は伝わっていると解釈したジュードくん。アルヴィンの背中を見つめる視線に不審は宿っていなくて、アルヴィンの言葉を信じているようにも思えた。けど、

「…………」

信じてくれているのは知っている、か。きっと、あたしのことも、信じてくれているんだろうな。
これから起こる事を思い返すと、考えると、申し訳なくて。心にずしんと重みを感じた。

「……輝羅?」

全員がアルヴィンに続いて歩き出す中、あたしだけその場に立ち尽くしていると、途中まで歩いていたレイアに声をかけられた。
自分が立ち止まっていることは分かっていたから、あたしははっと我に返ることもなく、弱々しく首を振った。

「……ううん。なんでもない」

やがて、誰よりも遅く、足を踏み出した。




あたしが来ると伝達が回っているのか、王城の中に入っても、誰一人としてあたしに挨拶をして来ることはなかった。または忙しかったり、他に意識が向いてるから、あたしに気づかないだけか……。
でもこの御一行、結構悪目立ちしそうなんだけどな……。

そう考えながら、王城をキョロキョロと。以前との変化を探るために見渡してるけど、未成年チームが慣れない雰囲気に各自でソワソワしているため、あたしも同じように見られているはず。
皆に不審がられることなく城を進むも、謁見の間の手前で兵士に止められてしまった。

「王への謁見は城の外で順を待って頂かなければなりません」

そう言って真面目にお仕事をする兵士さんたち。あたしが見えてるのかは分かりませんが……それよりも、順番を抜かす側じゃなくて待っている側の気持ちになると、腹立つ案件だよね〜。レジはきちんと並びましょうね〜でしかない。
まあ、あたしたちはご指名されているので、ジュードくんは素直に返すわけですが。

「ア・ジュール王が僕たちに会いたがっていると聞いたんですけど」
「ミラ様ですか?」

そこですでに、一般兵士にミラの名前が伝わってるのも、恐ろしいよねえ。しかも名を尋ねられたミラが返事をすると「このままお進みください」と奥へ通してもらえた。
トントン拍子で先へ進むあたしたちだったけど、ローエンとエリーゼが立ち止まっているのを見て、レイアが足を止めた。

「どうしたの?」
「王との謁見にぬいぐるみはどうかと思いますので、預かって頂こうかと」

いやあもう、さすがローエンと言いたいシーンだよね。罠の可能性が0%な訳ないもん。自然を装って、目立たないよ〜に予防線を張って、いざというときに備えるのです。

そんなローエンの計画を察せないレイアは不思議そうにしていたけど、ティポの持ち主であるエリーゼに不服がないと見て、深く気に留めず受け止めていた。
話をまとめ、警備の兵士にティポを預けると、あたしたちは全員揃って謁見の間へと入って行った。

人一人がちっぽけに見えてしまうほどの広い一室。高価な装飾物は何一つ飾られていない、王としては素朴な空間の一番奥にして、中央に、王座が小さく見えた。
とき。視界にあたしから見ても、皆から見ても、見知った人物が立っていた。

「ジャオさんがどうして?」

ついさっき街で会ったばかりのジャオが王座の傍に立っていて、合点のいかないジュードくんはきょとんとしていた。逆にあたしたちが来ると分かっていたジャオは、驚いた様子は一切なく。

「わしは四象刃が一人、不動のジャオじゃ」
「四象刃?」
「王直属の四人の戦士です。あの方がその一人だったとは……」

まあつまり、街に到着していたときから、ガイアスたちにはあたしたちの存在が知れ渡っていた……ということになるんだけど。
まだ敵とも味方とも言えない王の部下が身近にいたことに、ローエンも衝撃を受けていた。

驚いて落ち着く時間もなく、王座の奥にある扉が開く。まずはガイアスが現れて、後ろから付き添うようにウィンガルが歩いて来た。
ジャオやプレザには旅の途中でいくらか出会っていたけど、二人の姿を見るのは本当に久しぶりで、あたしは場にそぐわず懐かしい気分になった。

そうして思い出に浸るのはあたしだけであり、謁見の間に入って来たガイアスは王座に座り、ウィンガルは傍に立つ。二人共あたしが居ると気づいてる様子だけど、悟らせまいとしているのか。目は合わず、ピリッとした空気感の中、ウィンガルが最初に口を開いた。

「イルベルト元参謀総長。お会いできて光栄だ」

いや、全くお会いできて光栄じゃなさそうなんですけどね〜!とツッコミたくなってしまうのは、あたしがウィンガルと知り合いだからなのでしょう……。仮に口にしたとすれば鋭い眼光が飛んでくるだろうし、あたしが反応することによって一気に話が崩れるから、口に出さないけど。

というのはさておき。名指しされたローエンは、ウィンガルの容姿で彼が何者かを察していた。
ア・ジュールの黒き片翼。革命のウィンガル。通り名を口にするローエンだったけど、ウィンガルを知っている身からすると、その呼び方は笑いが込み上げてしまう。シンプルに考えると、なんだかクサイ。

ウィンガルとローエンが互いの存在を理解しているのを余所に、ミラは真っ直ぐとガイアスを見据えた。

「お前がア・ジュール王か」
「我が字はア・ジュール王、ガイアス。よく来たな、マクスウェル」

この時点で、皆はミラがマクスウェルだと知ってるわけだもんねえ。というか、ニ・アケリアでミラとジュードくんの様子を伺っていたわけだし、プレイヤー目線で言うととても怪しい雰囲気なのです。

「お前たちは陛下に謁見を申し出たそうだが、話を聞かせてもらおうか?」

会いたいとは言われたものの、一応はこちらから謁見を申し出たため、ウィンガルに促される。先に用件を話し始めた。

「ア・ジュールで作られた増霊極は、すでにラ・シュガルに渡っています。もし両国で戦争が始まれば、取り返しのつかない事態になってしまうんです」
「ほう……それを伝えるためにわざわざ来たというのか?」

ジュードくんの説明に、ガイアスは何を言い出すかと思えば、と言った雰囲気で尋ねる。少し話しただけで感じる、ガイアスの王としての威厳に、ジュードくんは圧倒されて収縮していた。

いやまあ、こうなるのは仕方ないけどね……。あたしも最初はめちゃくちゃキョドってた覚えあるもん……。今は普通に話せるけど、こうして王様として話しかけられたら、慣れていたとしても寿命縮まってしまいそう。
頑張れ!と思う気持ちが応援なのか責任放棄なのか、もはやあたしにも分からない。

ジュードくんがそれ以上話さないと見たレイアは、前に出て言葉を続ける。

「それでわたしたち、ラ・シュガルの兵器を壊そうと思ってるんです。それがなくなれば、ラ・シュガル王は戦争が始められないんじゃないかなって。協力とか……してもらえ……ませんか?」

と話すレイアも、無反応に等しいガイアスの態度に、途中から崩れて行くのですが。最後にウィンガルに「用件はそれだけか?」と問われ、二人は完全に何も言えなくなってしまった。大人の圧、恐ろしい。
すると、その場を任せていたローエンが「もう一つ、お伺いしたいことがあります」と物怖じせず話し出した。

「以前、王の狩り場にあったという増霊極の研究所のことです」
「あの場所に親を亡くした子供たちを集め、実験利用していたというのは本当か?」
「ふっ。何を言い出すかと思えば。精霊のお前に関係があるのか?」
「私はマクスウェル。精霊と人間を守る義務がある」

ローエンの話の切り替えに便乗して、ミラは気になっていたことを質問するも、精霊が人を守るという発言に対してガイアスは可笑しそうにしていた。
増霊極の研究所についても、ガイアスは直接の関与をしていない。代わりに、ではなく管理者が話していく。

「その件はすべて私に任されている。あの研究所に集められた子供たちは、生きる術を失った者たちだった。お前たちが想像するようなことはない。実験において非道な行いはしていない」
「それを信じろというのか?」
「だけど……わたしは……」

ミラがウィンガルへ睨みを利かせていると、当事者の一人であるエリーゼが怯えながらも主張した。
エリーゼを見たことがあるらしいウィンガルは、うっすらと目を細め、視線をジャオへ向ける。エリーゼが第三世代型であるティポの持ち主であり、ハ・ミルで軟禁されていた少女だとウィンガルも気づいているようだった。

「エリーゼはハ・ミルの村でも閉じ込められていたんですよ。それじゃ、あまりにも……」
「非道だと?」

エリーゼの境遇に口を出すジュードくんだったけど、途中に挟まるガイアスの言葉、意志が宿る瞳。途端溢れた威圧感に、ジュードくんは何も返せなくなってしまった。
力でねじ伏せるために言ったわけでないガイアスは、王としての考えを解いていく。

「お前は民の幸せとはなんなのか、考えたことがあるか?」
「幸せ……?」
「人の生涯の幸せだ。何を持って幸せか答えられるか?」

一般人ならばまず考えないであろうガイアスの問いかけに、ジュードくんはまたもや口籠る。やり取りを聞いていたミラが、代わりに口を開いた。

「己の考えを持ち、選び、生きること」
「そう。僕もそう思う」

誰かに便乗して意見を言うのって、すごく日本人って感じだよね。ジュードくん日本人じゃないけど。
そして同じく日本人ではない……いやそりゃそうか。ともあれガイアスは、二人に笑ったあと「俺は違う」とはっきり言い放った。
王座から立ち上がり、

「人が生きる道に迷うこと、それは底なしの泥沼にはまっていく感覚に似ている」
「生きるのに迷う……?」
「そう。生き方が分からなくなった者は、その苦しみから抜け出せずにもがき、より苦しむ」

ガイアスがこう話すことは分かっていたのだけれど……言うてることは分からんでもないけど……学生という身分に守られてきたお子ちゃま輝羅ちゃんには、まだ難しい。何もかもを自分で選ぶようになったとき、あたしは生きることに迷うのかな。
でも……。

「故に民の幸福とは、その生に迷わぬ道筋を見いだすことだと俺は考える。俺の国では決して脱落者を生まぬ」

この世界にいるあたしは、学生でもなんでもない。逆にア・ジュールでは軍人という立場を与えられていて、それは何にも守られてない一人の人間。自分でどうしたいかを考えて、自らの力で思い描いた結果に向かって行かなければならない。

「王とは民に生きる道を指し示さねばならぬ。それこそ俺の進む道……俺の義務だ」

きっと、あたしの事情を知っているガイアスたちの傍にいたら、守るべき民の一人として扱ってくれると思う。ただ、それでは───。

「お前たちをここに呼んだ理由を単刀直入に話そう。マクスウェル、ラ・シュガルの研究所から『カギ』を奪ったな?それをこちらに渡せ!」

その声に、はっとする。
ガイアスの言葉に今を考えさせられたあたしだったけど、今は考え事をしているときではないと知った。
ここまで話が進んだとなると、逃げる体勢に入らなければならない。

一瞬にして傾いた話の展開からミラを見ると、恐れのない強い眼差しでガイアスを見据えていた。

「断る。あれは人が扱いきれるものではない。人は世界を破滅に向かわせるような力を前に、己を保つことなど出来ない」
「俺の言葉が、お前には理解できなかったと見えるな」
「ふふ。どれだけ高尚な道とやらを説いたところで、人は変わらない。二千年以上見てきた」

ガイアス個人の王としての心得ではなく、人間という全体を見て、ミラは呟く。
けどあたしは、二人のやり取りを余所に、自分自身の心の内に違和感を覚えていた。

「では、あなたに『カギ』の在処を聞くとしよう」

予想通りの展開だな、と。ほくそ笑んで。ウィンガルは言う。彼の目線の先に立っているのは、アルヴィン。

ウィンガルに促されたアルヴィンは、しんと静まっている室内に靴音を響かせながら前に出て、王座の近くまで移動した。
だからあたしも、ここで任務達成。ウィンガルたちの元へ戻るんだ。なのに、

「アルヴィン。マクスウェルは『カギ』を誰に預けた?」

───あたしは、どうして逃げることを考えたの?

「巫子のイバルだ。今頃はニ・アケリアで大人しくしてるんじゃないか?」

皆の信頼も期待も捨て置いたアルヴィンは、仕事だと割り切って、嘘偽りのない情報をウィンガルたちに流した。
最後に「ああ、それと」と付け足し、

「言われていたものも、連れてきたぜ」

振り返らず、背をこちらに見せたまま、アルヴィンは立てた親指を後ろに向ける。その先が捉えているのが誰であるかは、差されている本人が一番分かるもので。

「え……輝羅……?」
「……どういうことだ」
「あ、その……」

話の矛先が突然あたしに向いたこと。自身の矛盾に答えが出なくて戸惑っていたため、集まる視線に上手く舌が回らなかった。
何度も裏切ってきたアルヴィンと違って、一度目であるあたしはノーマークだったようで、皆は強く驚く。あたしを見る瞳は、理由があって一緒に行動していたのか。グルだったのか。と言いたげな色をしていた。

「俺が受けた依頼、覚えてるだろ?輝羅は届けられる人間だった。……ウィンガルにな」

困惑しているあたしと皆に気を止めず。または理解しながら、アルヴィンは事実を明かしていく。
あたしがカン・バルクに来る時点で予測できていた結果に、ウィンガルも見知った口調で淡々と話した。

「……そういうことだ。ご苦労だったな、輝羅」

元鞘に戻っただけとはいえ、ジュードくんやミラから見ると立派な裏切り。きっとウィンガルの話し方で、親しい仲であることも伝わっている。
あたしは元々、ウィンガルたちの───。

こうなるって、分かってたのに!

いざその場面に立ち会うと、動けなくなってしまう自分が情けない。それでも割り切って、理解して。あたしはウィンガルの元へ行こうと、戻ろうと、帰ろうと、足を踏み出した。

自分が思っているよりも遥かにあたしの足取りは重くて、いつウィンガルの元へ辿り着けるかも分からなかった───そのとき。幸か不幸か、王座の後ろにある扉が大きな音を立てて開いた。

カツカツと、高いヒールが床を蹴る。現れたのは、プレザ。

「アル……どうしてあなたが!?」
「よ、プレザ。久しぶり」
「それに、輝羅も……」

謁見の間にいるのがあたしたちだと思っていなかったらしいプレザは、用件よりも先にあたしたちへと意識が向いていた。
ウィンガルに「何用だ?」と急かされるも、ミラたちの存在が気がかりであったプレザは躊躇う。ガイアスに「構わん」と言われると、包み隠さず報告した。

「ハ・ミルがラ・シュガル軍に侵攻されました」
「なんですと……」
「っ!そうだ!ハ・ミル!」

プレザの報告で、あたしは瞬時に我に返る。けど自分のことで頭がいっぱいになっていたあたしは、深く考えず思ったことを声に出してプレザを見ていた。

ハ・ミルの件は以前シャン・ドゥでプレザに会ったときに話したけど、小さな行動でどのような結果を得られるのかは分からない。
でもあたしの言葉を信じて軍の配備はしていてくれたらしく、プレザと、プレザから伝えられていたガイアスは、言葉通りに進んでしまった現実に小さく頷いていた。

「……輝羅の言う通りだったな」
「はい。警備を強化していたものの、村民は幾人か捕らえられラ・シュガルへ送られた模様。殺害された者もおります。今は撤退したようですが……大精霊の力と思わしき痕跡が多数ありました」

やっぱり、完全には防げなかった、か。
あたしはそう思うけど、皆が注目するのはもちろんそこではない。

「大精霊?四大精霊は二十年前から召喚できなくなっていたはずだったな」

それなのに、何故。
精霊の主であるマクスウェルになら分かるはず。ガイアスはミラを見たけど、四大精霊の力を察知していないミラは酷く動揺していた。ナハティガルが新たなカギを生み出したのではないか……と。
精霊は精霊でも、源霊匣だけど。とは言えず、あたしは過ぎ行く景色に流されていた。

「すべての部族に通告しろ。宣戦布告の準備だ。我が民を手かける者は何人なりと許しはしない!」

ガイアスはそう言い残すと、王座の裏にある扉へと身を翻して、あたしたちの前から去って行くのだった。
結局、ジランドのせいで戦争は避けられないということだね。
……それよりも。

「さて、あなたたちはもう用済みになってしまったが……。陛下が精霊マクスウェルを得たとなれば、反抗的な部族も従わざるを得ない」

あたしとアルヴィンを除いた皆に、じりじりと近づいて行くア・ジュール軍。最初から皆を捕らえるつもりだったその様子を眺めながら、あたしは動かず立ち尽くす。

「……あた、しは……」

誰にも聞こえない音量で呟いて、拳にぐっと力を入れる。深く考えるよりも先に、体は行動に移っていた。
さっきまで全く動かなかった重たい足に力を入れて、無理やり前進する。あたしの前進と、エリーゼが兵士に預けたティポへ合図を送ったのはほぼ同時で、このまま走れば出口へと向かえる。そう思った。

後ろから、あたしを呼ぶ声が聞こえる。
誰、と言わず、皆。
任務が終わって、これから、また一緒に過ごすはずだった、皆の。

「輝羅!」

けど、あたしを呼ぶ声は前からも聞こえた。
自分の足で戻ってきたあたしを見たジュードくんが、声をかけてくれた。だから、

───このまま甘えるのは、やっぱりだめだ。

あたしは前から聞こえる声を追って、謁見の間を出て行くのだった。





欠落したラストシーン
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