Prism Transparent

39.忘れないでと呟くの

ラコルム海停でレイアも一緒にいくと決まったあと、あたしたちは海停から一番近いシャン・ドゥを目指して歩いていた。

街に向かいながらシャン・ドゥはこんな場所だったとエリーゼとレイアに話したり、途中アルヴィンが手紙のやり取りをするため休んだりと、のんびり街のに向かう。
前にシャン・ドゥへ向かったときは馬車だったからなんだか新鮮……。

……にしても、このままずっと行けばイノシシさんに出会うんだよね……。
海停から出発する瞬間にアルヴィンが言っていたことを思いだし、あたしはむうう……と唸る。
なんというか……、イノシシさんが襲ってくるのに関わらず、言えないこのもどかしさ。
襲ってくることを伝えることができれば、イバルだって飛ばされずに……って、あ!イバルだ!

シャン・ドゥに行くまでのラコルム街道で、イバルに会えるんだった!イバルだよイバル!まだ一度も会ってないイバルの登場だよ!忘れてたわけじゃないけど忘れてた!どっちだ!
秘奥義のカットは、思ってたよりショタでびっくりした覚えしかないんだよね〜!まあ一応?あたしより年下だもんね。
あたしを上げる意味の『一応』なのか、イバルを上げるための『一応』なのか、全くわかんないけど。

けど、すでにシルフモドキはあたしたちの前に現れたから、そろそろ登場かな?
目の当たりにしたらどんな感じなんだろ……と考えていたそのとき、

「ここにおられましたかー!」

と久々に聞く声が頭上……空から聞こえてきて、噂をすればだ!とあたしは視線を空に向ける。その人物……イバルは空から舞い降り、ミラのもとで綺麗に着地した。

「ミラ様、そのお姿……再び立ち上がることができたのですね」

そしてしっかりと地に足をつけているミラを見て、イバルは拝礼する。ミラはただ、彼の登場に驚いていた。
その間に、イバルを知らないあたしたちに、彼はミラの巫子だとジュードくんが教えてくれた。まあイバルは、野外の話なんて聞いてないんだけど。じっとミラだけを見つめていた。

「ミラ様、足が治ったのであれば、ぜひ村へお戻りください。ミラ様にまた何かあれば俺は……」
「私はイル・ファンへ向かわねばならん。今は戻る気はない」
「では俺が供を!」
「必要ない。みながいる」
「しかしこんなやつらなど……」

巫子としての能力も何もない奴らに何ができる。とでも言いたげな瞳でイバルはこちらをキッと睨みつける。……いや、"こちら"というか、ジュードくんを、ですね。

「再び歩けるようになったのも、このジュードとレイアのおかげだ。彼らは信頼できる者たちだ」
「なっ……、ジュード……」

ミラからジュードくんがの名前が出ると、イバルは悔しそうに体を震わせる。
そのあとにレイアが自己紹介するものの、彼の眼中には入らなかった。……うん。イバルだ。

「ミラ様を治すという約束は守ったようだな」
「うん。約束通りミラを歩けるようにしたよ」
「お前の成果のように語るな!ミラ様のお力に決まってる!」

至って普通に話すジュードくんだったけど、それが逆に気に食わなかったようだ。イバルダンスとしか言えない謎の動きを見せながら、地団駄を踏んでいた。

「くそー!俺が治すはずだったのにー!」
「ご、ごめん……」
「そうだ、謝れ偽物!謝って死んでしまえ!」
「こら、イバル!うちのジュードくんになんてこと言うんだ!」

謝れはともかく死ねはないでしょ!とイバルに突っ掛かったあたしは、足を一歩だけ踏み出した。
きっとイバルのことだ。ジュードくんの肩を持てばあたしにも暴言を吐くだろう。そう思っていたが、

「……? お前……」

と、あたしの顔を見たイバルは目を見開き、首を傾げた。そしてイバルの予想外の態度にあたしも目を見張ってしまい。
だって、イバルとあたしが会ったのは今日が初めての筈なのに。それなのに、まるであたしを知っているような口振りで。

「ん?イバル。輝羅を知ってるのか?」
「え、あ、いえ。人違いだと思います」

当然、違和感を抱くのはあたしだけではなく、イバルと長年付き合っているミラも首を傾げる。
ミラの質問に否定するイバルだったが、その表情は自分で言っておきながら納得できていなさそうだった。それはあたしも同じだったけど……

「それよりもイバル。お前には大事な命を与えたはずだ。何故ここにいる」

と、ミラが話を変えたため、聞くに聞けなかった。
皆はあたしが異世界人だと知らないから簡単に話を流すけど……あたしとしては、かなり引っかかる。どうしてイバルは、あたしに反応したんだろうって。
けれどイバルもミラの言葉に思考を即座に切り替え、驚くほど瞬時に、綺麗に土下座した。

「む、村の守りは忘れておりません。お預かりしているものも、誰も知らぬ場所に隠し、無事です!しかしこの度はこのようなものが届いたのです!」

そう言いながらミラに紙を手渡すイバル。紙を受け取ると、ジュードくんが代わりに内容を読み上げた。
『マクスウェルが危機。助けが必要。急がれたし』と。さて、誰が書いたんでしょうね?と、あたしは一人、背後に立つ胡散臭さを思い浮かべる。

「突然俺のもとにこれだけが届けられ、ようやくミラ様を見つけ出したのです」
「誰だろう。こんなことしたの」
「さてな。どちらにせよ間違いだ。危機など訪れて……」

書いた人物に思い当たる節が少なからずあるミラは意味深な言い方をしたが、最後まで紡がれることはなく、不自然に語尾が伸びる。それは、前から走ってくるイノシシの存在によって思考が遮られたから。ある意味、今が危機だよ!

「あわわ……イバル!」

あたしたちの前から、ということは、イバルの後ろから、というわけで。
このままでは突き飛ばされてしまうと知っているあたしは、とりあえずイバルだを助けなきゃと、慌てながらも彼のもとに駆け出した。

ただどうやって、と言われても、タックル以外思い付かない。もうあたしはタックルを極めた方がいいと思う。イバルも晴れてサンドバッグ……とか思うも、

「あいたた……」

無事にイバルとイノシシの直接衝突を防げたといえ、助けた代償としてあたしは地面に尻餅をついた。イバルは石頭ではなく石体でしょうか。

そう思いながらイバルに視線を向ければ、あたしに突き飛ばされたイバルも地面に倒れていた。突然だったから、体勢を立て直せなかったみたい。
次に皆の方に目を向ければイノシシと戦っていて、あたしは急いで戦闘に加わろうと足を立てた。瞬間。

「すみません!無事でございますか!?」

ご、ございますか!?
イバルに話しかけられたかと思えば飛んで来た敬語に、あたしの足はぎこちなく止まった。
なんか、瞬間移動したのでは?と言いたくなる速さだったし、そのスピードをあたしにも向けるんだ、という思いもあるし、表情的にかなり心配してそうというか……。

そうして安否を気にするイバルに、あたしは狼狽えながらも大丈夫だと返事をし、立てただけの足をスっと持ち上げた。けど、イバルから心配は消えても、違和感は消えなかった。

「そ、それと、助けてくださりありがとうござます」
「え、あ、うん……。無事なら、よかった、です」

な、なんだ。この初々しい成り立てのカップルみたいな会話の仕方は。相手がイバルだから違和感ヤバい。どうしよう。
モジモジと、指が動く。聞くなら、今しかない。

「……と、ところでイバル。あたしのこと、知ってるの?」
「……それは……」
「……知り合いに……似てるとか?」
「…………」

あたしの顔を見た瞬間に驚いていたから、どこかで会ったことある……という可能性しか浮かばなかった。
気になって少しグイグイと攻めれば、イバルは黙ってしまう。
なにか、隠す必要でもあるのかな?できることなら知りたい。知りたいけど……。

「おい輝羅、なにしてんだ!突っ立ってないで手伝え!」

とアルヴィンの叫び声が聞こえたため、あたしの質問タイムは終了する。さすがに戦ってる仲間を置いて立ち話……なんて出来ず、あたしは皆の元へ駆けて行くのだった。

「地霊小節に入って地場になったら、大人しくなるはずじゃなかったのか?」

イバルを助け、皆と一緒にイノシシを倒したあと、アルヴィンが言う。全然大人しくなっていなかった……というより、凶暴さが増していた気がする。
ラコルム海停に向かう船でローエンが立てた"考え"をも揺るがしかねない現実に、ローエンは「そのはずなんですが……」と難しい顔をする。
季節風が吹いて地場になったのは確かなため、ローエンの憶測は間違いない。ただ……

「まさか!」

すぐに理解したローエンが叫ぶと、イバルが小さく頷いた。

「四大様がお姿を消したせいで、霊勢がほとんど変化しなくなってるんだ!」
「それじゃ、ファイザバード沼野を越えて、イル・ファンに行くのは……」
「ファイザバード沼野を超える?」

無理なのでは、と皆が悩む中、イバルが小バカにするように笑った。
作戦負けしたことについてもだが、イル・ファンへ向かう鍵を持っている優越感からの笑いというか。とりあえず、自信に満ちていた。

「こうなってはワイバーンでもない限り、イル・ファンへは行けないな!だが巫子であるこの俺は、ミラ様のお役に立てるぞ!」
「何か方法があるの?」
「俺にだけ扱えるワイバーンが一頭いる。ミラ様と二人でならイル・ファンへ行けるぞ」

お前には真似できないだろうと、イバルはジュードくんに自慢げに言う。が、

「イバル、他に方法はないのか」

ミラは望んでいなかった。
今まで旅をした皆と一緒に行動したいのはもちろん、ジュードくんと一緒にイル・ファンへ行くと約束したからだろう。

ミラの言葉が予想外だったらしい。イバルは間抜けな声を出してミラから目線を外し、顔を俯かせた。

イバルは、他の方法を知っている。
けど、それを彼の口から言わせるのは酷だと思ったあたしは、

「……ワイバーンなら、シャン・ドゥにいるよ」

シャン・ドゥにワイバーンがいること話した。

「そうなのか?」
「うん。ミラとジュードくんがル・ロンドにいる間、あたしたちはシャン・ドゥにいたから。で、アルヴィンと離れてる間に街の人に街の中を案内してもらったたんだ」
「そうか。なら、このままシャン・ドゥに進むとしよう」

ミラはあたしの言葉を聞くと、突っ立ったままのイバルにニ・アケリアを頼むと言い残し、颯爽と歩き出した。

そんなミラについて行く皆。
でもあたしはイバルに足先を向けた。

「……慰めになるかわからないけど、ミラはイバルのことを大切に思っていると、あたしは思うよ。ただ、ジュードくんたちへの想いと、形が違うだけというか……。だから、あまり深く考えないようにね」
「…………」
「……じゃあ、あたし行くね」

イバルはあたしの言葉に何も返さなかったため、あたしは言うだけ言うとイバルに背を向ける。遅れを取り戻すよう、皆のもとへ走って行った。
だから、その笑顔が、濁る未来なんて──。



忘れないでと呟くの
140217

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