Prism Transparent

37.終末と再生のロンド

宿屋に泊まった丁度翌日。あたしはエリーゼとローエンを宿に残し、宿の入り口に突っ立ちながらアルヴィンのことを捜していた。

「やっぱり宿に泊まってないのかなー」

そう言ってキョロキョロと町の通路を見渡すものの、アルヴィンの姿はない。
やっぱり港でひょっこり現れる感じかなぁ……。港での合流になると知ってるし、宿を離れて捜すのは大層だし面倒だから、探す振りだけしていようかなとか思い始めちゃう。

ていうか、ル・ロンドに宿は一つしかないから、泊まってないとなれば野宿……だよね。あたしがいるのに、戻って来ない方が不自然だと思うんだけど……その不自然さが、もはやアルヴィンの味でもある。本人も言ってそう。

なんてことを思ったあと、形だけのアルヴィン捜しを諦め、あたしは宿屋に戻ろうとポンチョを翻した。そのとき。

「あれ、輝羅?」

と懐かしい声が聞こえてきて、あたしはまた町の通路に視線を戻す。
もちろんと言うべきか、そこにはジュードくんとミラが立っていて、ジュードくんはあたしがいることに驚いているようだった。

ミラは、まあ……『ここにいて当たり前か』とでも言いたそうな顔をしている。アルヴィンがル・ロンドに来ているって、ミラは知ってるもんね。
そしてあたしは、ジュードくんには何も伝えていないであろうミラの秘密を、黙るんだけども。なんてややこしい。

「あ!二人とも、久しぶり!ローエンから聞いたよ。歩けるようになったんだってね!おめでとう」
「ああ。ありがとう」

できるだけ自然を装って言えば、ミラはいつものように柔らかく微笑んでくれた。
そんな中、あたしがいると思わなかったジュードくんは、首を傾げる。

「……それで、どうして輝羅がここに?」
「あー、えっとね、アルヴィンに仕事で用があるって言われてついて来たんだ。でも昨日、宿に泊まってないみたいで……」

だからここで捜してたんだ、と付け足せば、ミラは「仕事……か」険しい表情で呟いた。
意味深な反応を見せるミラにジュードくんはもっと首を傾げたけれど、ミラが中に入ろうと言って歩き出したため、あたしたちも彼女に続いた。

しかし宿の扉を開いて数歩歩いた瞬間、ミラの膝がガクリとくずおれた。運良く目の前にいたローエンが彼女を抱き止めたため、大事には至らなかったけど。
無理が滲んで見えて、ローエンはジュードくんと一緒にミラを椅子に座らせる。

「……ミラさん、本当に行くのですか?」

まだ本調子ではないミラにローエンが心配そうに言うものの、彼女は迷わず首を縦に振った。
私には使命を果たす責任がある、と。
ミラの変わらぬ心に、ローエンの表情に影が差す。

「あなたは強く気高い。しかし、それが私の古い傷跡をえぐるようです」

迷っているようなローエンに、あたし以外の皆は首を傾げる。
ローエンは、クレインさんにこの国を救ってほしいと託されたことについて、悩んでいるようだ。自分にできることがあるのか、ナハティガルを止められるのか……と。
否定も肯定もせず静かにローエンの話に耳を傾けていたミラが、話し出す。

「決断に必要なのは時間や状況ではない。お前の意志だ。……私たちと共に行かないか?ローエン」
「ミラさん?」

予想外だったのか、驚きを隠せない様子でローエンは顔をあげた。

「悩むのもいい。だが人間の一生は短い。時間は貴重なものだろう?なら、悩みながらでも進んでみてはどうだ?」
「ローエン。そうしてみたら?僕も心強いし」
「そうだよ!クレインさんが背中を押してくれたんだもん。ゆっくりでもいいと思うよ」

クレインさんは、今すぐ進めと急かすために言ったのではない。きっとローエンの迷いも見抜いていたはずだ。
……まあ、クレインさんを救えなかったあたしが、どうこう言える立場では、ないんだけども。
けどあたしたちの言葉で肩の力が抜けたらしい。ローエンの強ばっていた頬が緩んだ。

「確かにジジイの時間はとても貴重。立ち止まってはもったいないですね。……ぜひ同行させてください」
「わ、わたしも一緒に行く……です!」

次に、話を聞いていたエリーゼも声を上げる。
皆と一緒にいたい。皆の役に立ちたい。と言葉には示さず、心の内を叫ぶエリーゼだったけど、ジュードくんが放った言葉は否定の二文字だった。

「ダメだよ。エリーゼはドロッセルさんのところへ帰るんだ」
「エリーゼさん、お嬢様にお伝えください。ローエンはイル・ファンに向かいますと」
「で、でも……」

どうして自分は駄目なのか、と言いたそうに眉を下げるエリーゼ。知っている展開に、あたしは黙り込んでしまった。

最終的には、エリーゼも一緒に行く。そして一緒に行けるようになる理由はアルヴィンだ。
現時点で皆と一緒に行かないあたしが、こんなこと言える立場じゃないかもだけど……。

「ね、ねえ、ジュードくん」
「なに?輝羅」
「その……エリーゼも連れて行って……あげたら?」

あたしはエリーゼを放っておくことができなかった。
あたしの言葉に悲しんでいたエリーゼは顔を上げ、驚いたジュードくんは目を見開く。

「輝羅、何言ってるの?この旅はエリーゼには危険だよ。エリーゼにはドロッセルさんの元で普通の生活を……」
「危険だってことはエリーゼも分かってるはずだよ。それに、その『普通の生活』も、ジュードくんが押し付けてるだけでしょ?エリーゼは皆と一緒に行きたいって言ってるんだし、その意思を尊重してあげてもいいんじゃないかなって」

選びたい生活を、進みたい道を、エリーゼに選ばせてあげたい。引っ込み思案だったエリーゼが、こうやって自分の意思を見せるようになったのは喜ばしいことなわけだし。
だからジュードくんにエリーゼの道を決める権利はない……と言いたかったんだけど、少しキツく言い過ぎたかな……。伝えるのって、難しい。

そう思っていると、最初に口を開いたのはミラだった。

「……たしかに、輝羅の言葉には一理あるな。連れて行ってやったらどうだ?ジュード」
「ミラ……?」
「エリーゼは回復術も使える。私としては心強い」

心から思っているであろうミラの言葉に、ジュードくんは何も言えず黙ってしまった。
きっと、ジュードくんも言われずとも分かっているはずだ。ただ心配が勝ってドロッセルの元へ戻ることを願ってしまうというか。その気持ちも、分からなくはない。平穏が一番幸せって、よく言うし。

けどジュードくんは答えを出した。心配が抜けない顔で悩んだあと、納得したように一度だけ大きく頷く。

「……うん。そうだね。一緒に行こう、エリーゼ」
「は、はい!」

認めてもらえたことが嬉しかったらしい。エリーゼは大きな声で返事をするとジュードくんからあたしに向き直り、勢いよく飛びついた。

「ありがとう、輝羅!」
「輝羅君はやっぱり友達だねー!」
「うん。一緒に行けるようになって良かったね」

飛びついてきたエリーゼの頭をポンポンと撫でたあと、あたしはジュードくんを見る。

「……ごめんね、ジュードくん。別に責めるつもりはなかったんだ……」
「ううん。僕の方こそごめん。輝羅の言う通りだよ」

すぐにそう思えるなんて、やっぱりジュードくんは優しくて、賢い子だ。家庭環境が仇となりお人好しになってしまったとしても、そのままでいて欲しいなと思う。誰視点なんだ、というお話だけど。
すると、未だにあたしに引っ付いたままのエリーゼが、ポンチョを引っ張った。

「……輝羅は、どうするんですか?」
「あー、あたしは……アルヴィンと一緒に行くから、難しいかな」
「そう、ですよね……」

様子からして、一緒に行きたそうだなぁ……。まあ将来的に行けるようになるんですけどね……。今は『行けない』状態だから、黙っておくけど。

そうして宿にいるあたしを除いたメンバーがイル・ファンに向かうと決まると、ル・ロンドへ出発しようと宿を出た。
あたしも見送りという肩書きの元、皆と一緒に港まで行くのだった。




終末と再生のロンド
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