カラハ・シャールに戻ったあたしたちは、すぐにクレインさんを屋敷に、徴集された人たちを病院にへと連れて行った。
戻って来てから数刻が経った頃にはクレインさんの体の状態も安定し、街の様子も落ち着いていた。ひとまず、一件落着、というやつである。
「徴集された民も、みな命に別状はないようです」
「みなさん、本当にありがとうございました」
「私からも、お礼を申し上げます。ありがとうございました」
クレインさんに続いてドロッセルも深々と頭を下げると、ジュードくんは「みんな無事でよかったです」と二人に微笑んだ。本当に、これに尽きる。
「では、私たちは行くとしよう」
そして話は、次へと向かう。
ナハティガルが街にはもう居ない以上、この街に留まる理由もない。休息も十分に取れたため、本来の目的地であるイル・ファンへ向かおうとミラが話し出した。
「ここからだと、ガンダラ要塞を抜ける必要があるな」
「ガンダラ要塞ということは……。みなさんの目的地はイル・ファンですか?」
「そうだ。あそこにはやり残したことがある」
「ガンダラ要塞を、どう抜けるつもりなんですか?」
「押し通るしかないかもしれないな」
どう、だなんて。抜ける方法がいるなど知らなかったとでも言うように、ミラは答える。
イル・ファンに絶対に行くという強い意志は見えるが、それにしては無策すぎる。いくらなんでもそれはない……と全員が目を見開いて驚いていた。
まず要塞って名が付いてる時点で通り抜けるのは難しいだろうに、こっちには指名手配犯がいるから……さらに勝算は少ないよね。向こう側は兵も居るだけ呼べるわけだし。
当然クレインさんは「さすがにそれは難しいでしょう」と首を振った。
「僕の手の者を潜ませて、通り抜けられるよう手配さてみます」
「僕たちに協力して大丈夫なんですか?僕たち、軍に追われてる身ですし……」
「元々、我がシャール家はナハティガルに従順ではありませんし。先ほど軍に抗議し、兵をカラハ・シャールから引かせるよう手配したところです」
「これ以上軍との関係は悪化しようがない、ということか」
ミラの言葉にクレインさんは頷く。
含め、あたしたちは一応命の恩人になるわけだから、少しでも役に立ちたい……と思ったのかも知れない。
「……んじゃ、お言葉に甘えさせてもらおうぜ。無策で要塞に突っ込むより、何倍もマシだからな」
「そうか……。そうだな。では頼んでいいだろうか?」
特に断る理由のない提案をミラが飲み込むと、クレインさんは任せてくださいと頷いた。
ただ、手配は上手く進んでもしばらく時間を要するとのこと。あたしたちはそれまでの間、屋敷に滞在させて貰うことになった。本当に宿代が浮いちゃったよ〜という、お話である。
それにお屋敷である以上、空き部屋は一つ二つなんてものではない。あたしたちが寝泊まりできるよう、幾つかの部屋を用意してもらった。と、言っても男女に別れるだけなんだけど……でも一つの部屋にベッドが複数あるのは、きっと普通ではなく。
部屋を与えてもらったあたしは、すぐに部屋へと入って行く。バーミア峡谷で疲れた……というのもあるけれど、やりたいことがあったから。
「……紙とペンとか持って来たっけ?」
ふかふかのベッドの上。ガサガサと手持ちの鞄の中を漁り、目的のものを探す。けど途中から面倒くさくなって、中にあるものを外に放り出しながら探した。まるでおもちゃ箱の中身をポイポイと捨てる子供だ……と客観視してる間に、お目当てのものが姿を現した。
それは言葉に出した通り紙とペン。
あたしは開いてる時間を使って、ウィンガルに手紙を書くと決めたわけ。アルヴィンにも気が向いたら書く……って言っちゃったし。
目的のものを手に取ったあたしは、サイドテーブルをずいずいと引き寄せた。
ペンを握り、綴ろうと真っ新な紙を見つめること……数秒。何を書くんだ?と。
だって、もしかしなくてもウィンガルに手紙書くなんて初めてだもん。カン・バルクから離れたことなかったし……。なんて書けばいいんだろ?
手紙なんだし……報告書みたいに堅苦しくなくて良いよね?アルヴィンがあたしのことを疑っている模様。とか書かれた手紙が来たら焦るよね。どんな反応が返ってくるか気になるけど……まあ、気味の悪いことをするなと、言われそう。
でもウィンガルだったらスルーかなぁと思いながら、あたしは会話のような口調で白の紙に黒を刻んだ。
とりあえず、自分は元気にやってることを書いて、今まで連絡しなかったことを謝っておこうかな。あとは侵入しやすいよう手を打ってくれてありがとう……と。
それと肝心の『カギ』のことも書かなくちゃね。多分ミラが持ってる……って書いておこう。
……うん。中々書くことあるな。
思っていた以上に呑気に過ごしていたと驚きながら手を動かしていると、部屋の扉が開いた。
誰だろうと入口を見ると、入って来たのは一緒にこの部屋を使う一人であるエリーゼ。ティポを両手で抱き締めながら不思議そうにあたしに視線を送る。
「なにしてるんです……か?」
「ん?えっとねー……手紙書いてるんだ」
書いてる手紙の内容が内容だし、一瞬隠そうかと悩んだけど、あたしは素直にエリーゼに話した。
するとエリーゼはちょこちょことあたしのもとに歩いて来て、ベッドの上、隣に座る。
「誰に……ですか?」
「男ダナー?」
「は!?いや、ち、違わ……ないけども……」
まさかエリーゼから(口に出したのはティポだけど)そんな言葉が出て来ると思わず、目を大きく開いてしまった。
これはエリーゼに見られる前にウィンガルに送らないとヤバいぞ……色んな意味で!
いやまあ書くべきことは書いたし、封をしてアルヴィンに手渡せば任務は完了なんだけど……。見られないようにエリーゼの行動を視野に入れて警戒していると、彼女は床やベッドに散らばるあたしの私物に目を向ける。
そして何か気になるものでもあったのか、目を輝かせながら『それ』を手に取った。
「これ、可愛いですね」
「ん?どれ……」
なんか可愛い小物とかあったっけな、とエリーゼが手に持つ『それ』を見てみる。彼女の手には見覚えのある、本来ならカン・バルクの部屋にあるべき物が握られていた。
ウィンガルに貰った、髪飾りが。
「……あれ、これ入ってたんだ……」
「大切な物じゃないんですか?」
「大切……。うん。大切……かな?貰い物だし」
「……それってもしかして、手紙の人からですか?」
貰い物、という言葉に反応し、エリーゼはキラキラと目を輝かせる。
ゲームでもレイアにジュードくんと発展したかとか色々聞いてたんだから、そういう話が好きだとは嫌でも分かるけども……。あたしにまで振らないで頂きたいでござる。
「え、ええと……。一応そうなん、だけど……。別に、特別な関係とかではないからね?」
「でも、特別な関係じゃないのに髪飾りを渡すなんておかしいです」
「いつぞやの子供と同じようなこと言わないでよ!とりあえず違うの!違うんだからね!」
増霊極の研究所で子供にやたらとウィンガルとの関係を追究されたことを思い出すよ!違うって言ってるのに……。
あたしはもう良いでしょ、とエリーゼから髪飾りを取り上げ、手持ちの鞄に髪飾りを突っ込んだ。
エリーゼは納得してなさそうだけど、本当のことだし。うん。
その後、エリーゼに見えないよう手紙を高速で締めると、シルフモドキに括れるよう細かく折り畳み、逃げるようにアルヴィンの元へ走った。
アルヴィンに見られるんじゃ……という懸念は、運良く飛んで来たシルフモドキによって防がれ、手紙は誰にも読まれることなくウィンガルのもとへと運ばれて行ったのだった。
130716