「一生分のケーキを食べた気分……」
「良い食いっぷり〜」
甘いミルクティに、フルーツが乗ったタルト。赤いイチゴがキラリと光るショートケーキ……などなど。一般家庭ならば一度に拝めはしない数々のホールケーキから一切れを頂くも、幾つもとなれば腹は膨れるもので。
スイーツバイキングを堪能したあたしがポンポンとお腹で満腹を奏でれば、ティポのウエスト(多分)がくねくねと動いた。あたし的には、エリーゼもそれなりに、食べてると思うけれど。
とまあね、一生分とか言いながらね、明日くらいにまた食べるんだけどね。明日はないか。それはないわ。一旬間以内かな。
なんて、どうでもいいことを考えながらも、きちんと今後のことも考えてはいるのですよ。
アルヴィンが席を外した以上、イベント突入は近い。どこまでのらりくらりと過ごそうかなぁとか、あたしが動くべき場所はどこかなぁとか、ごにょごにょ。
という考えも呑気だと、現実に言われてしまうんだけど。
気づけばソファに座っていた人影は散っていた。その一人であるジュードくんはどこだろうと屋敷内を見渡したときか、ジュードくんが驚く声が聞こえた。
屋敷の扉の前……軍人二人とクレインさんが、外に出ようとしたジュードくんを取り押さえようとしていた。現実はすでに、イベントでした〜と。
入口を塞いだクレインさんは、今までの穏やかな眼差しを消して、目の前に立つジュードくんを見る。
「まだ、お帰りいただくわけにはいきません。……あなた方が、イル・ファンの研究所に侵入したと知った以上にはね」
背を向けているジュードくんが、どんな表情をしているかは分からない。けど、きっと『バレてしまった』とは思っているに違いない。
現に「なんのことか……」ととぼけ、穏便に済ませようとソファへと戻る。クレインさんも立ち話をするつもりはないようで、ソファの近くまで歩いて来た。
「とぼけても無駄です。アルヴィンさんがすべて教えてくれました」
「アルヴィンが……!?」
と、アルヴィンの裏切りカウントを刻んで。なんて言える立場じゃないし、言える境遇をアルヴィンが持ってないことくらい、分かってるんだけどさ。
当然、ジュードくんはクレインさんの言葉に驚いていた。
状況を理解したミラが、静かに問う。
「軍に突き出すのか?」
きっとここで肯定が帰って来たら、ミラはすぐにでも剣を抜くんだろうなぁ……。そうならないと知っているから、あたしはケーキを沢山食べたんですけどね。今の状態で戦闘だなんて、いけないものが出てしまうわ。
ではなく。クレインさんはミラの問い掛けに首を振った。
どこか沈んだ表情で、研究所で見たことを教えて欲しい、と。つまり情報交換を望んでいた。
クレインさんは、ナハティガルが王位についてからの変動を、六家にすら何も知らされない現状を嘆いていた。
その瞬間にクレインさんが直接的な敵ではないと判断したミラは、ナハティガルが研究所で人間からマナを搾取していたこと、新兵器──クルスニクの槍の存在を話す。
何も知らされない、という言葉に嘘はないようで、クレインさんは人体実験が執り行われていることに驚いていた。
一度体を立ち上げるも、黙るミラを見て受け止める。立ち上がった体を、もう一度ソファへと沈ませた。
「嘘だと思いたいが……事実とすればすべて辻褄が合う」
「実験の主導者はラ・シュガルの王……ナハティガルなのか?」
間違いないと、クレインさんは短く頷く。
討つべき相手が一国の王と知ったミラは、渋い顔で考え事を始めたが、クレインさんが打ち切った。
「……ドロッセルの友達を捕まえるつもりはありません。ですが、即刻この街を離れて頂きたい」
街中に軍を、武器を持ち込みたくない。
街の平和を願う当主としての在り方にミラもジュードくんも深追いせず、見逃してくれたことに礼を言うのだった。
そうしてシャール邸を出たあたしたちがまず最初にすることと言えば……そう。アルヴィンを探すことである。
屋敷周辺に姿はなく、ならば敷地外かと、街の広場かと、一つ一つ辿って探して行く。
そんなあたしたちの気苦労を知らないアルヴィンは、広間の外壁の傍に立っていた。
まだこちらに気づかないのか、遠くから飛んで来るシルフモドキを手に着地させ、足に結ばれた紙を手に取る。取った紙をコートのポケットに入れると、別の紙をシルフモドキに縛りつけ、その羽根を空へと向かわせるのだった。
……と、いうか、ここまで露骨に描かれるのって、ほんとレアだと思うよね……。この裏切りから見せる世界があると知っているとはいえ……。
と、一人思考に浸りながら、手紙のやり取りをするアルヴィンへ歩み寄れば、アルヴィンは漸くあたしたちの姿を見つけたらしく、「よっ」といつも通り馴れ馴れしい態度で話しかけて来た。
「アルヴィン!」
「アルヴィン君、ヒドいよー!バカー、アホーもう略してバホー!」
来たぞ、名言!じゃなくて。
アルヴィンの元へ向かおうとしたティポだったけど、ミラが腕を出して止めた。
ティポの体はミラの腕に衝突し、跳ね返されるとぼとんと音を立てて地面に落ちるのだった。
「なぜ、私たちをクレインに売った?」
「あたしに関しては仕事を放棄したよね」
やはり未来を知っているから落ちついてるけど、何も知らなかったら「一緒に捕まえられる!」ってなるよ普通。そんなの実はウィンガルはあたしに恨みがあったエンドだよ。なんだよそのエンド。
じとりとアルヴィンを見るも、あたしの言葉に対しては悪い悪いと、謝罪するつもりがあるのかも怪しい言葉を吐くだけ。ミラの言葉に至っては、飄々と笑うだけだった。
「売ったなんて人聞きの悪い。シャール卿が今の政治に不満を持ってるのっては有名だからな。情報を得るにはうってつけだ。交換で、こっちの情報を出しただけ。いい情報聞けたろ?」
いやでも、仮に売るのなら……アルヴィンが傍に居てくれてもいいんじゃない?とは、思うけどね。ツッコミどころ満載だよ。
けれどあたしと違い、ミラにとってアルヴィンの言葉は事実。ナハティガルの情報は聞けたことに変わりはないため、返す言葉なく黙ってしまった。
一瞬だけ顔を俯かせた後、アルヴィンを見る。
「ラ・シュガル王ナハティガル……こいつが元凶のようだ。ナハティガルを討たねば第二、第三のクルスニクの槍が作られるかもしれん」
「王様を討つの……?」
「あぁ。君たち国民は混乱するだろうが、見過ごすことはできない」
「うん……。人から無理やりマナを引き出して犠牲にするようなこと、放ってもおけない……」
ミラに同意を見せてジュードくんは言うけど、表情的に完全には納得していなさそうだった。
一応、自分の国を治める王だもんね。
あたしの世界は王政じゃないし、前まで一緒にいたガイアスとナハティガルは違うから、ジュードくんの気持ちはあんまり分かってあげられないけど……。でも、きっと悲しいことなんだろうなって。
そのときか。街にいたラ・シュガル兵がざわつく。ジュードくんたちの正体に気づいたのか、こちらに向かって走ってきた。
「お前らは……。手配書の!?」
「分かるんだ……」
「はっ。往来で堂々としすぎたかな」
堂々としてたにせよ、分かるんだ……だよ。だって、アレだよ、アレ。
てかまず、アルヴィンがこんなところに居なかったら……以下略。
なんであれバレてしまった以上、仕方ないとミラが剣を抜こうとするけど、
「南西の風2……。良い風ですね」
屋敷の方角からローエンが現れた。
ジュードくんは彼の登場に驚くけど、ローエンは「この場は私が……」と言って、ナイフを用いていとも簡単に兵士三人を拘束して見せた。ううん、かっくいい〜。
三人が身動きを取れなくなったことを確認したローエンは、こちらですとあたしたちを誘導し、屋敷近くの広場まで連れて行ってくれた。
「ローエン君、すごーい!こわいおじさんたちもイチコロだね!」
クラマ間道の近くまで来るとティポはローエンに言うけど、本人は私程度ではただの足止めですと謙遜する。
その足止めがすごいんだけどね……。
「助かりました。ありがとう。えっと……ローエンさん」
「ローエンで結構ですよ」
「それでローエン。我々に用があるのだろう?」
助けるために広場へ来た訳じゃないと分かったミラが言うも、どうやら間違いではないらしい。
「先ほどラ・シュガル王が来られ、王命により街の民を強制徴用いたしました」
「なに?ナハティガルが来ていたのか?」
「はい。先刻屋敷を馬車で出て行ったのがナハティガル王です」
「しかし、なんで強制徴用なんて……」
「まさか……。人体実験を?」
可能性を呟いたジュードくんだったけど、ローエンにも確信はないみたい。
クレインさんは民の危険を感じて徴集された者たちを連れ戻しに向かったとか。きっと、さっきのミラの話を聞いて慌てて向かったんだと思う。
でも、ナハティガルは反抗者を許すような男ではない。つまりクレインさんが危ないことを現していた。
「力を貸して頂けませんか?クレイン様をお助けしたいのです」
「ドロッセル君のお兄さんを助けよ〜!ね?エリー」
「うん。クレインさんもだけど、つれて行かれた人たちも心配だし」
「そうだね。人体実験だったら、なおのこと大変だし!」
「あーあ。優等生のお節介に火がついちまったよ?」
どうすんだとアルヴィンはミラを見るけど、彼女もナハティガルの企みが気掛かりのようで、助けに行くことで決定した。
そしてあたしたちは、カラハ・シャールの人々が連れ去られたというバーミア峡谷へと急いだ。
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